2020-01-01から1年間の記事一覧

雁屋哲の嫌味

なんでだったか思い出せないが、私は中学生のころ、『ひとりぼっちのリン』という「少年マガジン」連載漫画の第一巻だけ持っていて、くりかえし読んでいた。原作・阿月田伸也、作画・池上遼一である。貧しい家に育ったが足腰が強い少年リンが、逆境の中で競…

裏で流通する言葉

丸谷才一が、イエズス会の典礼劇が歌舞伎の発生に影響したんではないか、と言い出して、それは河竹登志夫先生の本に、外国人の研究成果として書いてあると私が指摘したことは前に書いた。だが、「歌舞伎に女優がいた時代」に、この説について書こうとして、…

「物語論」に飽きる

千野帽子の、物語がどうとかいう新書を読んでいて、途中でつまらなくなって投げ出した。別に千野が悪いのではなく、私は物語論というのはダメなのだ。 もちろん比較文学者だから、ウェイン・ブースとかジェラール・ジュネットとかノースロップ・フライとかプ…

牧逸馬「地上の星座」

牧逸馬(林不忘、谷譲次)の「地上の星座」は、19325月年から34年5月にかけて『主婦の友』に連載されてヒットした通俗長編である。単行本は34年に新潮社から刊行され、『大衆文学大系』に入っている。34年には野村芳亭監督で映画化されており、川崎弘子、 田…

「出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記」のアマゾンレビュー

小谷野敦 5つ星のうち4.0 面白うてやがて悲しき 2020年12月25日に日本でレビュー済み Amazonで購入 中身のない一点レビューが結構あるのは出版界の人間だろうか。当初、出版側の仕打ちに「にゃに~」などと始まるのがユーモラスで効果があったが、最後まで読…

夢を書く

昨夜見た夢。二部構成。第一部は、昔住んでいた越谷市谷中町の家から駅へ行く途中の道を私が自転車で走る。道ぞいに疎水がある。これは商店街の裏手。途中で家の中でおじいさんが誰かと話していて、あ、××のおじいさんだと思う。少し行くと、坊主頭の子供が…

文藝評論の終わり

ロシヤ文学者・小泉猛の「「瘠我慢」と「我慢」ーー江藤淳批判」’『早稲田文学』第8次、1978)というのを見つけたので取り寄せて読んでみた。かねて私は、福沢諭吉の「瘠我慢」の説について、痩せ我慢は我慢とどう違うんだろうと思っていたせいもあるし、小…

ディケンズ「リトル・ドリット」の錯簡

ディケンズ「リトル・ドリット」の小池滋訳ちくま文庫第二巻の82pに、クレナムとリトル・ドリットの会話があり、こんな部分がある。 「「他人はともかく、このわたしがこの手紙を受け取ったからといって、あなたが悲しむことはないでしょう」クレナムは相手…

チキンラーメンの運命

日清のチキンラーメンが発売されたのは1958年で、私が生まれる四年前だが、私が物心ついたころには、66年に出たサンヨー食品のサッポロ一番のような調理型即席ラーメンが一般的で、当時私はチキンラーメンを知らなかった。 1971年に始まったNHKの人形劇「…

イタリアがダメらしい

ベルトルッチの「シャンドライの恋」を観たらつまらなかったが、わたしゃベルトルッチで面白いと思ったことがない。「1900年」も「ラストエンペラー」もつまらなかった。後者は私には坂本龍一の好きなやつが騒いでいただけという気がする。 だが考えてみ…

白石一文の私小説を読んだら疲れた

白石一文は、直木賞受賞作を読んだが、あまりピンとこなかった。それから数年して、電車で出かける時、駅前まで来て、車内で読む本を持ってこなかったことに気づき、駅前の本屋へ飛び込んで物色し、それの文庫版を買ってしまい、車内で広げて、あ、これは前…

三島由紀夫「恋の都」(ちくま文庫)アマゾンレビュー

小谷野敦 5つ星のうち4.0 三島を見直す 2020年12月6日に日本でレビュー済み 三島由紀夫が通俗小説も書いたことは知られているが、これは「主婦の友」に連載ののち1954年新潮社から刊行されたが文庫などにならなかったため知らなかった。通俗小説中では出来の…

音楽には物語がある(20)原作者の作詞 「中央公論」2020年8月号

『仮面ライダー』の放送が始まったのは私が小学校三年生の時で、私は最初から熱心に観てはいなかった。その主題歌は主演の藤岡弘が歌っていたのだが、藤岡は九回でケガをして佐々木剛に代わった。自分でポーズをとって「変身!」とやるようになったのは佐々…

呉智英と私(4)

呉智英は、『週刊ポスト』の連載で、小保方晴子をスパイとして活用したらいいのにという戯文を書いていた。『あの日』が出たあとだったから、読んでないのかなと思い、ハガキを出して「小保方はスケープゴートにされたのです」と書いておいた。 その後で絶縁…

自動車は無差別殺傷装置である

zzzxxx1248.hatenablog.com「長嶋有の『猛スピードで母は』の書評で、昨今の交通事故死者のことをどう考えているんだ、といったトンデモなことを言っていたので……。じゃあ、自殺をテーマにした小説は? 殺人鬼が出てくる小説は? 人類滅亡小説は? って言い…

呉智英さんと私(3)

呉智英さんは漫画評論家でもあるから、呉さんがあげた、勧めた漫画は割と読んだ。しかし、途中で、まったく趣味が合わないことが分かった。私だって呉智英以前に漫画は読んでいたが、私の好きな漫画に呉智英はまったく興味を持っていなかったようである。 呉…

呉智英さんと私(2)

まだあった。私は渡辺京二の『逝きし世の面影』を天下一の愚書として批判しているが、平凡社ライブラリーに平川祐弘の解説がついて入ったころ、満天下がこの書を礼讃していて、呉智英も例外ではなかった。これこそ「シラカバ派」だろうにどうボケてしまった…

著書訂正

「近松秋江伝」 p、32「塩谷」→「塩屋」(二か所) p、80「一件一件」→「一軒一軒」 「<男の恋>の文学史」(旧版) p、214「一件一件」→「一軒一軒」 「<男の恋>の文学史」(改訂版) p、275「一件一件」→「一軒一軒」

呉智英さんと私

呉智英さんと絶縁してから五年くらいになる。絶縁といっても、単に新刊が出ても送らないというだけで、新刊を送ると旧仮名遣いで書かれたハガキが来るという程度のつきあいでしかなかった。 若いころは尊敬していたが、だんだん薄れていった。『読書家の新技…

有吉佐和子「開幕ベルは華やかに」アマゾンレビュー

小谷野敦 5つ星のうち3.0 白鳥の歌 2020年11月17日に日本でレビュー済み 二年後に急逝した有吉の遺作というに近いだろう。帝劇という実名で出てくる劇場での、川島芳子を描いた芝居に主演する70代の大女優・八重垣光子、相手役の中村勘十郎。後半から殺人予…

「翻訳学」は存在しない

12月に徳島の文書館で先輩の杉田英明さんと公開対談をする予定だったのだが、コロナで行けなくなり中止になった。 syougai.tokushima-ec.ed.jp 明治の翻訳家・井上勤についての話だったが、あまり井上について訳書以外のことは分かっておらず、どうなるの…

栃野の世界(3)

結果として、栃野へのあからさまないじめはあまりなくなったが、栃野は私と大川ばかり相手にするようになり、放課後、駅まで三人で歩くということもよくあった。しかし栃野は、決してつきあって楽しい男ではなかった。 今でも十条に朝鮮学校があり、私らの学…

栃野の世界(2)

ある意味で、クラスの大部分の生徒からハブにされた栃野は、私や大川、あと生徒会長に立候補して当選してしまった清見原などと話すようになった。清見原というのは、それほどの人格者というわけではないが、私や栃野と一緒にいても、窪木から狙われないとい…

栃野の世界(1)

(「ミゼラブル・ハイスクール1978」の一部を書き直したもの) JR山手線の新大久保駅と中央線大久保駅の間は「コリアン街」になっている。この二つの駅は、新宿駅から中央線と山手線が分かれるために隣接している二つの駅である。今では、東アジア街と…

学問のオリジナリティ

学問のオリジナリティということは以前からしばしば問題になる。歴史学でも文学でも、新しい資料を発見してきたらそれはオリジナルだ。だが誰もが新しい資料を発見はできない。 そこで、明治大正期の本を見て、こりゃまだ誰も言ってない、といって発表するに…

玉三郎×三浦雅士

1995年に、ETV特集で坂東玉三郎が取り上げられ、間に玉三郎と三浦雅士の対談があった。双方40代であった。私にはこの双方意気投合という風の対談が難解で分からず、当時佐伯順子さんに見てもらったら、佐伯さんは分かったらしい。今回DVDに焼いたので…

中村詳一

中村詳一伝」 藤井禎輔 編著. 「中村詳一伝」刊行会, 1966、という本を入手した。英文学の翻訳家だがほかにもやった人らしい。伝といっても色々な人が書いたものの寄せ集めなので、以下にまとめた。 中村詳一(1889年ー1962年10月14日)山口県阿武郡佐々並村…

「合体したい」とプラトニック・ラブ

『新明解国語辞典』の「恋愛」の項に、「出来るなら合体したい」という気持ちと書いてあるのは有名だが、佐々木健一『辞書になった男』を見たら、これに対して「プラトニック・ラブ」は恋愛じゃないのか」と言った人が出てきた。 これは以前から疑問なのだが…

三島由紀夫×川端康成 運命の物語 [DVD] アマゾンレビュー

小谷野敦 5つ星のうち1.0 三島がノーベル賞などとれるものか 2020年10月23日に日本でレビュー済み NHKで放送したものだとすると、村松英子の「川端が、今回はノーベル賞は譲ってくれ」と三島に言ったことになっているが、ずっと年長の川端がそんなことを…

「風と共に去りぬ」について

スティーブ・マックイーンといっても俳優ではなく、黒人の映画監督が撮った「それでも夜は明ける」という、実話に基づいた映画を観た。1840年代に、米国北部に住んでいた自由黒人が拉致されてルイジアナに奴隷として売られ、12年近く使役されたさまを描いた…