2024-08-01から1ヶ月間の記事一覧

相馬正一『続・井伏鱒二の軌跡 改訂版』について

井伏鱒二の『黒い雨』については、資料となった重松静馬の日記を引き写しただけじゃないかという疑惑がかつてあり、豊田清史という人が、井伏の「盗作」だと言ってさんざん攻撃していた。しかし2001年に『重松日記』の現物が筑摩書房から公刊されて、それま…

加地慶子「書きつづけて死ねばいいんですー駒田信二の遺した言葉」

朝日カルチャーセンターで小説教室をやっていた駒田信二に師事した人が書いた本。以前、野島千恵子が書いた『駒田信二の小説教室』を読んだが、それとはだいぶ違う、求道者的でひどく厳しい姿が、著者が記憶していたらしい言葉とともに描かれるが、著者はほ…

ウィリアム・インジ「ピクニック ある夏のロマンス」

ウィリアム・インジは、アメリカの劇作家で、「ピクニック」でピューリッツァー賞をとり、「バス停留所」「帰れいとしのシバ」「草原の輝き」など、映画化された作品も多いが、今では少なくとも日本では忘れられた作家であろうか。 私は映画で観た、アルコー…

福田和也『奇妙な廃墟』の感想

もう20年以上前、福田和也が保守の論客として華々しく活躍していたころに、誰かから、「奇妙な廃墟」だけはいい本だと言われた。私は、いい本なんだろうなと思いつつ、本を買いまでしつつ、今日まで読まずに来たが、とうとう読んで、これを30歳そこそこで書…

クローニンの思い出

アーチーボルド・クローニンという英国作家がいた。かつて、三笠書房の社長だった竹内道之助は、友人の大久保康雄と共訳の体にした『風と共に去りぬ』を自社から刊行していたが、自分ではクローニンの翻訳に身を挺して、おそらく「クローニン全集」を一人で…

大岡昇平の「盗作の証明」

栗原裕一郎が『盗作の文学史』を書いた時の調査で知ったのだろう、論及していた大岡昇平の短編「盗作の証明」を読んだ。1979年に『オール読物』に発表されたものだから、大岡はすでに70歳になる。 25歳くらいの青年・丸井浩が、『新文学』の新人賞に当選した…

「パーマー・エルドリッチの三つの聖痕」の思い出

私は大学時代「児童文学を読む会」にいたが、そこの一学年先輩で、現役だったから年は私と同じ、理系で、のち地方の理系大学の教授になっている糸魚川(仮名)という人が、ある時、P・K・ディックの「パーマー・エルドリッチの三つの聖痕」を読んでやたら興…

ポール・オースターとスミエ・ジョーンズ

私が1989年に博士課程に進学した時、インディアナ大学のスミエ・ジョーンズという近世文学の教授が東大比較に客員研究員で来ていて、よく話をした。 そのころ、ポール・オースターの『鍵のかかった部屋』の翻訳が出て(9月)、わりあいすぐ買って読んだのだ…

青山文平『底惚れ』の感想

元は純文学作家だった著者は、徳川時代についてもよく調べが行き届いているが、言葉遣いが独特で、時代小説というより純文学っぽい。これも、若い大名の妾だった女を送っていく途中で刺された男が、女を捜すために岡場所の楼主をやるという変わった話で、短…

文化大革命を起こしてはならない

ガヤトリ・スピヴァクの「ある学問の死:地球志向の比較文学へ」が翻訳されたのは2004年のことだ。ここで「死」を宣告されているのはもちろん比較文学で、旧来型の比較文学はもうやることがなくなって死んでいるから、今後は「社会正義」のために文学研究は…

音楽には物語がある(68)ツァラトゥストラ再評価  「中央公論」8月号

リヒャルト・シュトラウスの「ツァラトゥストラかく語りき」は、ニーチェの同題の叙事詩からインスピレーションを得て書かれた交響詩だが、特にその冒頭の部分が有名で、スタンリー・キューブリックの映画「2001年宇宙の旅」の冒頭でも、この部分が使われて…

烏丸せつこの時代

烏丸せつこ(1955-)がデビューしたのは私が高校生の時で、高校三年の1980年に『四季・奈津子』、81年に『マノン』で主演した。私が観たのは大学生になってから、テレビでだったが、エロティックで自由な生き方の女を演じて、憧れたものだが、のち『マノン…

私の『三体』歴

私が劉慈欣の『三体』の第一巻を読んだのは2019年の8月で、翻訳が刊行されてすぐのことであった。アマゾンで注文したのだが事故があって届かず、連絡したら届けてくれた。私はさほど期待していなかったのだが、妻が先に読んで、朝起きたら食堂のテーブルの上…