あるつらさー3点
小澤の生涯といえば多くのクラシック好きはその概略を知っている。本書では「ボクの音楽武者修行」が直木賞候補になった作家がゴーストだったと知ることができた。メイスルズ兄弟による40年前のドキュメンタリーも言及されるが、そこで目立っていた十束尚宏と小澤の関係が、よく分からなかった。もともと知的な人でないことはうかがえたが、ドイツ語もイタリア語もできずにウィーン国立歌劇場の音楽監督になったというのは驚きでしかない。天皇や皇后に直訴したり、ソニーやトヨタからカネが出てといった話は、斎藤秀雄の伝記のような音楽家に徹した人の伝記に比べて、鼻白むものを感じさせてつらい。しかし著者は中丸三千繪の姉でもあり、小澤については書かざるを得なかっただろう、という意味でもつらい。セレブになどなりたくないものだと思う。
(小谷野敦)