日本語のできない日本文化研究者

先日、『日本のエロティック文化』というような本をフランスで書いているアニエス・ジアールというフランス人から、私にインタビューをしたいという話が、京都日仏会館を通じてあったのだが、聞いてみたらこの人は日本語ができないという。それで、なんで私のことを知っているのかというと、噂を聞いたというのである。

日本語ができないで日本に関する本を書くとか、それをまた日本の組織が援助するとかいうのは、逆だったらとうていありえない話で、つまりフランス語の出来ない日本人がフランスへ行って、フランスの公的機関から援助を受けてフランス研究をするなどということは絶対にありえない。それがありえてしまうところが、日本人の情けない植民地根性というか東洋人根性であろうと私は思ったのである。

それで、とてもまともなプロジェクトとは思えないから断る、と返事をしたら、ジアール当人から英語のメールが来て、自分は日本語の勉強中である(当たり前である)とか、私は船曳建夫、篠山紀信、坂東弥十郎にインタビューしていて、彼らはまた私に会いたがっている(そういう名前を出すと私が恐れ入るとでも思っているのか)、あなたの研究はたいへん興味深く(日本語ができないのに何で分かるのであろうか)、しかし日本以外では知られていないのは残念である(それならあなたじゃなくて日本語のできる人に英訳してもらいたいものである)、などとあった。

そこで私は、いったい何を聞きたいのか、と返事をした。すると、少し考える、とメールがあって、一日ほどしてずらずらと質問を並べたメールをよこしたのだが、これがみごとに(予想通り)、前近代幻想派の影響丸出しのもので、しかもどうやらこの女、仏訳もある『源氏物語』すら読んでいないらしく、西鶴がどうとか竹取物語がどうとか見当違いなことばかり言っているのである。だから私は逐一、あなたは間違った研究者から影響を受けましたね、と返事をしたのであった。

(2010年のミクシィ日記より)

大人になったコナンとラナ

ラナ「いけないわ、コナン、結婚するまでこんなことしちゃダメ」
コナン「そんなことないよ、ラナ、みんな結婚前からしてるんだよ」
ラナ「してないわよ。ダイス船長とモンスリーさんが、してた?」
コナン「いや、してないように見えるけど、それは子供向けアニメだから…」
ラナ「何をわけのわからないことを言ってるの」

(結婚後)
ラナ「いけないわコナン、こんなの、変態的行為よ」
コナン「いや、みんなしてるんだってば」
ラナ「私が読んだ本にもそんなことは書いてなかったし、大人の人から聞いたこともないわ」
コナン「いやあ、ラナ、そりゃ君のような女の子が見ないものに書いてあるんだよ」
ラナ「コナン、あなた、そんな、汚らわしい本なんか、見ているの?」
コナン「いや、汚らわしいって…」
ラナ「コナンがそんな人だとは思わなかったわ。どうしよう」(後ろを向いて両手で顔を覆って泣き始める)
コナン「困ったなあ…」
(2009年のミクシィ日記より)
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「神経症は君だけじゃない」に行ったこと

 大阪大学に勤めていたころ、不安神経症になった。夏休みに実家へ帰っていたがよくならないので、東大病院にかかり、抗不安剤と抗うつ剤を処方されて、飲んでいたらよくなっていったのだが、半年ほどして、いつまでも薬を飲んでいてはいけないと思って自己判断で薬をやめたら大変なことになり、四月に大阪へ帰ってまた薬を飲みながら療養していた。96年のことだ。

 それで大学構内などに貼ってあった「神経症は君だけじゃない」というチラシを見て、一度だけ大坂城の近くにある「メンタルヘルス友の会」の会場へ行ったのだが、それは貸しビルの一室で、主催者側の男性三人、女性一人くらいがいて、来訪者は五、六人だったか。時間がきて主催者の講演者が話を始めたが、それは、親鸞聖人の教えを説くもので、あなたの病気は三世の理というものです、というものだったから、私はうすうす予想していたが、ああ、宗教か、と思った。

 終わって、こういう会だとは思わなかった、と怒り出した人がいた。まあ当然だ。ところで主催舎側にいる女性は、ちょっと美人だったし、言うこともいい人っぽかった。怒っている人が、おそらくその女性を指して「まあいい人みたいだし」と言ったのを聞いて、私は内心で、ふっと思った。こういうのを抑えるためにちょっと美人目の女を置いておくんだよね、と思ったからである。

 私はその頃には、薬を飲んで結構回復していたのだが、特に怒ることもなく、ただ黙って帰宅した。

 のちにそれが「浄土真宗親鸞会系の新興宗教・真流一の会」の勧誘活動であることが分かった。のち見ていると、新興宗教にはどういうわけか美人が一人は混じっているのだが、考えてみるとオウム真理教には美人はいなかった気がする。なんでだろう。

 

依田学海の謎

 私が27歳の1990年6月、最初の著書『八犬伝綺想』を出す前に、スミエ・ジョーンズに呼ばれて、池袋辺の居酒屋で渡辺憲司(立教大)、小森陽一(成城大)らと会ったのは前にも書いた。

 その時、私が『八犬伝』についての本を出すと言うと、渡辺憲司が、今度岩波から『学海日録』が出る、ということを熱心に言うのである。依田学海(1834-1909)は明治の漢詩人で、歌舞伎の脚本も書き、鴎外や露伴とも関係があるらしく、馬琴についても議論があるというが、私は当時はよく知らなかった。そしてそれから92年まで、全6巻別巻1の『学海日録』は出た。しかし世間は依田学海のことなど知らないから、大して話題にもならなかった。

 白石良夫の『最後の江戸留守居役』(ちくま新書、1996)は、維新前の、佐倉藩の江戸留守居役だった時の学海のことを書いているので、読んでみた。著者は、明治以後の漢詩人や劇作家としての学海はよく知られているが、幕末期のことは知られていないので書いた、としていたが、「よく知られている」のところに私は疑問を抱いた。そして読んでいくと、どうも幕末のめまぐるしい政治情勢の記述が主で、当然ながら学海が何か特段な働きをしているわけではない。

 調べてみると、そもそも依田学海については、吉川弘文館の人物叢書にも、ミネルヴァ書房の日本評伝選にも、どこかの新書にも選書にも、概説書がない。永井荷風の『断腸亭日乗』は、普通は荷風の小説をいくつか読んでから読み始めるものだろうが、学海については、どういうわけか、概説書すらない状態で、いきなり大部の『学海日録』が出て、関係者だけがすごいすごいと言っているのが現状なのである。

 どうもここのところは、おかしいとしか言いようがない。

(小谷野敦)

「安宅」と「勧進帳」

歌舞伎の「勧進帳」は能の「安宅」を書き替えたものである。だから、中身はほとんど同じだと私は思っていた。ところが橋本治の『完本時代劇チャンバラ講座』(1986)を読んでいたら、「安宅」には、弁慶が義経を叩いたあとの「こは先達の荒けなし」から「判官どのにもなき人を」までがなく、山伏が暴力的に通ろうとするので、富樫は恐れて通す、と書いてあった。

 私ははっとした。三年前、詩人の阿部日奈子さんから書評エッセイ集『野の書物』(インスクリプト)をいただいた時、「安宅」では弁慶一行は暴力で通るが、「勧進帳」では腹芸で通して貰う、と書いてあったのを、二つは同じものではないかと指摘して、納得してもらったことがあるからだ。つまり阿部さんが正しかったことになるので、今あわてて葉書を書いてお詫びして投函したところである。

 だが、そのあと、「安宅」でも「勧進帳」でも、富樫は弁慶一行を呼び戻して酒宴をする。橋本はここでも、能と歌舞伎、中世と近世の違いを論じているが、ここはかなり分かりにくい。山伏というのが中世においては恐ろしい存在だったが、近世にその感覚はない、と言うのだが、せっかく知らぬふりして通した弁慶一行をもう一度呼び戻すというのは、弁慶一行だって嫌だろうと私は前から思っている。

 そこで元に話を戻すと、「安宅」では山伏が暴力で通ろうとしたという解釈も、それだとこれまでの勧進帳読み上げも義経打擲も、何のためだか分からなくなってしまう。歌舞伎の「勧進帳」も、富樫が欺されたという解釈と、分かって逃がしたという解釈とがありうるので、ここは「諸説あります」的にまとめるしかないんではないかという気もしてくる。

(小谷野敦)

サルトル『自由への道』アマゾンレビュー

 

 

 もう40年以上前のこと、大江健三郎の『厳粛な綱渡り』に収められた「『分別ざかり』のイメージについて」という割と長いエッセイを読んだ。考えてみると大江の卒論は「サルトルの小説におけるイメージについて」なのだから、これはその一部なのだろう。以来、『分別ざかり』という小説はどこにあるのだろうと気にかかったが、当時サルトルを読む人などあまりおらず見つけられなかった。今回初めて、それが『自由への道』の第一部であることを知った。読んでみると、大江の初期の「見るまえに跳べ」とか「大人向け」とか『われらの時代』が、この作品のかなり大きな影響を受けていることが分かった。当時しかし批評家らは、大江がダメになったと盛んに言ったものだ。<br /> 大江は『個人的な体験』でこのダメな時期から抜け出すのだが、サルトルのほうは実にくだらない。34歳にもなって「青春」だと思っている哲学教師で小説も書くマチウが、恋人を妊娠させて、堕胎させるか結婚するかと思いまどうというまことに有閑プチブルの、勝手にしろ的な小説で、あほらしい。アンファン・ギャテーとでも題したらどうかねと思わせる。しかも出てくる青年(?)たちは、親がどこにいるのかまるで分からないに等しいというトレンディドラマみたいな小説。ボーヴォワールの『娘時代』『女ざかり』などの自伝のほうがよほど面白い。<br /> かなり詳細な海老坂武の解説が、これはダメな小説だよなあと思いつつ書いているのが分かるのも面白い。海老坂は妊娠中絶を殺人だと思っていないらしい。海老坂がなんで『シングルライフ』なんて本を書いたのかも、よく分かる。<br /> サルトルは作家としても哲学者としても三流で、何かの間違いで持ち上げられていた人だから、これは一流の作家大江健三郎に影響を与えた三文作家の小説として資料的価値はある。<br /> 

 

宮崎哲弥「100万回生きたねこ」のナゾをとく」アマゾンレビュー

「私は縁なき衆生である」3点

私は大学生の時「児童文学を読む会」に所属していて、のち進学する英文科の二年上

だった女性の憧れの先輩に勧められてこの絵本(佐野洋子「100万回生きたねこ」)を

読んだのだが、何かいかにもロマンティックな話だなと思い、あまり感心せず、のち

にこれは、本当の愛というイデオロギーへ人を導く本だと批判した。その後、北村薫

さんも、これを批判していた(「中野のお父さんは謎を解くか」)。北村さんの文章はここで引用されている。

 一方宮崎哲弥とは、同い年ということもあり、20年くらい前に宮崎は盛んに仏教的

に私を「折伏」しようとし、私も一時は宮崎を一種尊敬したりしたが、いくら仏教を

教えられても私は死ぬのが怖かった。当時宮崎は自著の最後に、おーなり由子のマンガに触れたりして、伴侶がいれば死ぬのがこわくないという場面を讃嘆したりしていたが、私には分からなかった。そして「宗教に関心がなければいけないのか」という本

を出した時、宮崎にも送ったらお礼のメールが来て、以後音信は途絶えた。さてこれ

は当然「輪廻転生」の話になるだろうと思ったが、結局私の感想は読み終えて変わら

なかった。売れる本の書ける佐野洋子や宮崎が羨ましいなあ、自分も売れる本が書き

たいなあ、というような我執にとらわれているのであった。まったく縁なき衆生は救

いがたしである。

 ところで宮崎の読解だが、ブッダが「愛する相手に会ってはならない」と言った愛着の対象に出会ったために輪廻転生を絶つという、仏教の教えとは逆の結末になっていて、そこはごまかしている。やはり世間一般の解釈が正しいだろう。

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