島木赤彦の死

 上田三四二の野間文芸賞受賞作『島木赤彦』の冒頭部は、大正15年、51歳の島木が胃がんと診断され、一年半くらいかと言われて、それなら残った仕事を片付けられると思っていたら急速に悪化して死んでしまうさまを描いている。そこを読んでいてふと、近藤誠の『患者よ、がんと戦うな』を思い出した。近藤は、昔はがんは患者本人に隠すようなタブーではなかったと、1912年の桂太郎の例をあげて説明していたが、確かに中江兆民も、明治34年(1901)に喉頭癌で一年半の命を宣告されて、「一年有半」を書いてベストセラーにし、「続」まで書いたが54歳で死んだ。

 ガンを本人に隠すということが問題になったのは、1963年に49歳で舌ガンのため死んだ文藝評論家の十返肇で、十返の妻千鶴子はその没後『みんながウソをついている 十返肇ガンとの戦い』を書いて、十返本人が周囲から欺されて死んでいったことを記した。1989年に死んだ開高健の場合は、周囲はガンであることを隠していたのに、妻の牧羊子がしゃべってしまったために、開高は苦しんだと、友人の谷沢永一が『回想開高健』で告発している。

 しかし、90年代ころから、西洋の影響で、医者は患者の前で平然と「ガン」だと言うようになった。私は母の前でそれが言われるのを聞いて愕然とした。

 ところで、近藤誠が割と早く死んだために、医者方面から色々悪口を言われているが、抗がん剤は固形がんには効かないのは事実だし、定期検診は意味がないというのもだいたいは事実である。六代目三遊亭円楽は、2018年に肺がんが分かって手術をしたと言っていたが、結局四年後に死んだ。その後、2008年に大腸がん手術をしていたことが分かったが、それを契機に毎月検査をしていたという。

 喫煙でがんになると言うが、筒井康隆も蓮實重彦も90歳を超えて生きているし、結局「運」と「遺伝」だと思う。

イヴリン・ウォーは日本人には無理

 英国のイヴリン・ウォーという作家は、吉田健一が、小説の面白さはE・M・フォースターとイヴリン・ウォーの小説を英語で読むことに尽きると言っているくらいで、私はフォースターは英語でわりあい読んで、没後発表された「モーリス」以外は面白かったが、ウォーは「ブライズヘッド再び」と「黒いいたずら」を翻訳で読んだだけだった。最近、「ラブド・ワン」の新訳が出たり、「名誉の剣」三部作を小山太一が精力的に訳したり、前に翻訳があった「一握の塵」をこれも小山が新訳を出したりしている。私は「名誉の剣」の最初のほうで挫折して、「一握の塵」は昔英語のペーパーバックを持っていたのだが、古い訳で読み始めて、これは無理だと思った。

 「ブライズヘッド再び」にしてからが、青春時代を懐かしむ小説のように見えるが、実はそういうノスタルジーに耽る人をバカにしている皮肉小説で、ウォーの小説というのは「ぶぶ漬け」の十倍くらい嫌らしい英国人的な皮肉が効かせてあって、日本人どころかアメリカ人にすら無理な作家なのである。だから日本でウォーが流行ることはないし、英国で育ったというような人にしか分からないので、無理する必要はない。

(小谷野敦)

黒井千次『カーテンコール』レビュー

純文学の実態(2点)

先ごろ94歳で長逝した文壇の長老、元芥川賞選考委員、藝術院院長だった作家の、読売文学賞受賞作である。1994年、書下ろし長編として刊行されている。舞台女優の赤坂絢子というのが主人公で、往年の伊藤整『火の鳥』を思わせる。しかし純文学とは思えないし、通俗小説としてもつまらな過ぎる。日野啓三のほうがまだましだったのではないか。この程度の小説家を重鎮扱いして存在しているのが純文学の文壇というものなのだ。

大嶋拓『龍の星霜 異端の劇作家 青江舜二郎』アマゾンレビュー

青江舜二郎の伝記を、実の息子が書いたもので、大変面白い。私は青江というのは内藤湖南や狩野亨吉などの伝記作家だと思っていて、劇作家としての側面をよく知らなかった。秋田市の薬小売りの家に生まれ、父が早く死んで代々の名である大嶋順三郎を名のるが、薬屋にはなりたくなくて東大の印度哲学に進み、木村泰賢に見出されて、将来は東大教授かと思ったが、その卒論を友松圓諦に盗作され、その二十年後に戯曲「一葉舟」を久保田万太郎に盗用されるなど、実にひどい目に遭った人だというほかない。久保田というのが人格低劣であることは知っていたが思っていたよりひどい。著者は青江の三人目の妻が生んだ58歳の時の子だというが、青江は女ぐせは悪かったようで、そのことはさすがにはっきりと書かれていない気がする。そしてむしろ60代になってからの伝記の数々が、青江の本領だったのではないかという気もする。

景山民夫という人

私は景山民夫の本をあまり読んでいないのだが、初めてSFで直木賞をとったと言われる「遠い海から来たCOO」は読んだ。そのあと「幸福の科学」に入って話題になり、火事で死んだ。立川談志門下の落語家でもあった。談志は景山が霊の話をしても受けつけなかった。

 その景山が精神病理学者の石川元という香川大の教授だった人と対談している『宗教に入るひとの心がわかりますか?』(1996)を読んでいて、ああ景山というのはやばいなと思ったのは、霊的体験はともかく、俺はこんなに知識があるんだぞという態度が全体にあって、これはいけないと思う。

 幸福の科学に入る前だったか、テレビのクイズ番組を観ていたら景山が回答者で出ていて、ある写真を見せられて、映画の撮影中に火事が起きたシーンですが、という質問が終わるか終わらないかに景山がポンと押して「「ネバダ・スミス」のスティーブ・マックイーン」と答えたんだが、それがいかにも、そのエピソード自体知っているぞ、俺は何でも知っているんだぞという感じがして、良くないなあと思った。

シャアと霧の小次郎

「機動戦士ガンダム」のシャア・アズナブルと妹のセイラ・マスの関係は、どうも既視感があるなあと思っていたら、「笛吹童子」の霧の小次郎と胡蝶尼と同じだということが分かった。

「笛吹童子」は、室町時代を舞台に、史実をかなり変えて書かれた子供時代劇で、丹波の満月城の丹羽家当主が悪人の赤垣玄蕃に乗っ取られて、息子の萩丸と菊丸がそれを取り戻す話である。菊丸は15歳くらいの少年で、笛吹童子といわれ、笛を吹くが平和主義者で戦わない。

 笛吹童子のライバルが、霧の小次郎である。幻術使いで、どちらかというと菊丸よりよほど華やかだ。実は足利将軍の弟・東山義晴の息子・さくら丸である。小次郎は生き別れになった妹を探しているが、魔女の提婆に仕えている胡蝶尼という美少女が妹であることが途中で分かる。

 「笛吹童子」がラジオで放送されたのは1953年で、12歳の少年だった富野由悠季はこれを聞いて胸躍らせていたのではないだろうか。もちろんこの場合、15歳のアムロは笛吹童子だということになる。

(小谷野敦)

新潮文庫の100冊

 私が「新潮文庫の100冊」という小冊子を手に入れてあちこち読んでいたのは、高校一年の1978年だが、吉村昭「冬の鷹」、筒井康隆「家族八景」、三浦綾子「塩狩峠」などが、古典的なものに混じっていて、ちょっと憧れる気持ちもあった。

 今はどうなっているのかとラインナップを見たら、だいぶ変わっているのはもとより、どうもこの作家がこれか? というのが多かった。たとえば村上春樹は『街とその不確かな壁』なのだが、それなら『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を入れるべきだろうし、谷崎潤一郎は『痴人の愛』だが、私はこの作品は冗漫で評価していない。『細雪』が長すぎるというなら、『吉野葛』を入れるべきだろう。司馬遼太郎が『人斬り以蔵』なのも感心しない。『花神』は全三冊だが、これがいいんじゃないか。大岡昇平が『野火』なのは私の好みではないが、新潮文庫には『武蔵野夫人』くらいしかないからやむをえない。大江健三郎は『死者の奢り・飼育』だが、私なら『個人的な体験』を入れる。シェイクスピアが依然として福田恆存訳なのも残念ではあるが、なんで『夏の夜の夢・あらし』なのだ。『ジュリアス・シーザー』とかにすればいいではないか。筒井康隆がなくなっているのも疑問で、『エロチック街道』とか入れておけばいいのに。

 有吉佐和子が『悪女について』なのは理解に苦しむ。『華岡青洲の妻』があるではないか。吉村昭が『熊嵐』になっているのは、三毛別の熊が有名になったからだろうが、事実ものなら新田次郎の『八甲田山死の彷徨』のほうがいいと思う。もちろんその他、もうまったく入れなくてよろしいというのもたくさんあるし、世の中には新潮文庫しかないわけではないのだ。