2024-01-01から1年間の記事一覧

呉智英の「美談」

呉智英のどれかの本、『賢者の誘惑』だったかに、三流大学で非常勤講師をした時のことが書いてある。ものすごく難しい話をするぞー、と言って話したが、最後にアンケートをとったら、こんな面白い話は聞いたことがない、というのが多かったという自慢話だが…

荒川洋治は変わっていない

神谷光信さんから「荒川洋治小論ー現代詩・大衆・天皇」を送って貰った。短い評論で『季報唯物論研究』に載ったものだ。しかし神谷さんは文化庁に勤めていた人で、『村松剛』などを書く保守派の人である。 荒川洋治(1949- )は私が院生になったころ、岩波…

レオナルド・ダ・ヴィンチ「ジネーヴラ・デ・デンチ」の肖像

ウォルター・アイザックソンの『レオナルド・ダ・ヴィンチ』を読んでいたら、レオナルド初期の、あまり魅力的でない肖像画「ジネーヴラ・デ・デンチ」について、これは人妻であるジネーヴラとプラトニックな恋愛で結ばれていた、1475年にヴェネツィア大使と…

キャスリーン・ストック『マテリアル・ガールズ』を読んだ

英国の哲学研究者でレズビアンのキャスリーン・ストック(1972?-)が2021年に著わし、トランス差別的だとして勤務先のサセックス大学を辞職する羽目になったという著書『マテリアル・ガールズ』を読んだ。2024年9月の刊行だが、それまでのアビゲイル・シュ…

「推理小説」は「読書」ではないのか?

昨年か一昨年、1978年2月にNHK少年ドラマとして放送された都築道夫原作の「蜃気楼博士」が再放送されたのを、懐かしく観ていたものだが、狂言回し役の中学生の少年のガールフレンドが、眼鏡をかけてブスなのに、だんだんかわいく見えてくるのが気になって、…

斉藤佳苗『LGBT問題を考える』を読んだ

斉藤佳苗の著書は、八月末に出て、割とすぐ杉並図書館にリクエストを入れたのだが、小さい出版社だったせいか、杉並区長の岸本聡子と国会議員の吉田晴美に忖度したのか、11月末になってやっと購入してくれた。 私は大きな勘違いをしていたのだが、「LGBT」と…

右翼が書いた大江健三郎論?

井上隆史『大江健三郎論 怪物作家の『本当ノ事』(光文社新書)を読んだ。井上は1963年生まれで、神奈川県の公立共学高校から一浪して東大へ入り、日本近代文学を専攻して三島由紀夫の研究者となり、今は平穏に白百合女子大学教授をしている。前の著書『暴流…

ある浄瑠璃研究者の前歴

神津武男(こうづたけお、1970年- )という浄瑠璃研究者がいる。2008年に、早大客員准教授だった時、香川県でコンビニのガラスを故意に割って現行犯逮捕されている。以前エンペディアに立項されていた時はそのことも書いてあったのだが、今では原版から削除…

音楽には物語がある(73)その時代を表す音楽  「中央公論」11月号

今年の大河ドラマは紫式部が主人公で、吉高由里子の紫式部と柄本佑の藤原道長の恋物語という驚くべき展開を見せている。今年の音楽担当は冬野ユミだが、ここしばらく、大河の音楽は昔のように、富田勲とか池辺晋一郎とかおなじみの作曲家が何度も担当すると…

シャインマスカット(創作)

シャインマスカット 小谷野敦 ごみを出しに行って戻ってきたら、何かを包丁で切る音が聞こえた。ちらりと妻の姿を見て、河原は自室へ入った。 椅子に座った瞬間、今でも煙草が喫いたくなる。七年も前にやめたのだが、最初の三年ほどはひどい禁断症状で、廃人…

川端康成と大正天皇の羽織

「夕刊フジ」創刊4号にあたる、1969年3月1日号の一面は、川端康成が前年のノーベル賞授賞式で着ていた羽織が大正天皇のものだという話で、弟子の北条誠の『川端康成・心の遍歴』(二見書房)に書いてあったのだが、発売後すぐ回収したという。 川端が、大正…

「つげ義春日記」講談社文芸文庫

1975年から80年までの、つげの37歳から42歳までの時期の日記で、83年に『小説現代』に連載され、その後刊行された。長男正助の出生、妻マキの子宮がんをへて、つげが不安神経症に襲われて苦しむまでを描いていて、読んでいて大変きついものだった。特に私の…

中川李枝子「子犬のロクがやってきた」

先ごろ死去した中川李枝子の「子犬のロクがやってきた」は、1980年の毎日出版文化賞受賞作だが、「いやいやえん」のようなファンタジーではなく、中川の家庭で実際に起きたことを描いたリアリズム児童文学で、1972年6月から翌年6月まで『PHP』に「ロクのはな…

大江健三郎の怒り「夕刊フジ」

先頃休刊になった「夕刊フジ」は1969年の創刊だが、1971年8月の「ひと・ぴいぷる」というインタビュー欄に大江健三郎が登場したが、掲載された記者執筆の記事を見て激怒したということが、馬見塚達雄『「夕刊フジ」の挑戦』に書いてあった。 といっても大江…

津村節子『千輪の華』あらすじ

『千輪の華』は津村節子が1983年から東京新聞などに連載した長編で、85年に新潮社から刊行され、のち文庫になっている。 主人公の真野祥子は、23歳で短大を出て働いているが、二歳年下の佐伯俊彦という学生と恋仲になって同棲するが、妊娠する。しかし佐伯に…

作家は「賢者」か?

中学生のころから、ふと疑問に思い、今も引っかかっていることがある。それは、「作家」つまり小説家を、時おり世間が「賢者」のように扱うことがあるということだ。私が子供のころ、コーヒーのCMに出ていた遠藤周作や北杜夫に、そんな感じがあったし、その…

今橋映子・井上健編『比較文学比較文化ハンドブック』レビュー

精読したわけではないので、気になった点を。 比較文学の入門書というのは国文や英文学のと違って、読むべき文学作品のリストというのを載せられないので、学習者はそれとは別に専門としたいものについて学ばなければならない。精力的な編集だが、「言語相対…

音楽には物語がある(70)「夏は来ぬ」が名曲であるのは  「中央公論」10月号

4月の中ごろ、朝起きたらさわやかな気候だったせいもあって、「夏は来ぬ」の歌を聴きたくなり、YouTubeで聴いたら、私が知らなかった歌詞もあり、改めてこれはいい曲だなあと思った。 私は「五月闇」という言葉が好きで、先日から引っかかっていたのだが、こ…

かわいそうな円窓

1970年代に「笑点」のレギュラーをしていた三遊亭円窓という落語家がいて、円窓というのは師匠の圓生の前名なのだが、そのせいかいつも「六代目円窓です」と名乗っていた。そんなに落語はうまくなかったが、ある時期から名を残そうと思ったのか、埋もれた落…

相田みつをを最初にバカにした人

相田みつを NHKのど自慢と現代詩|神谷光信 が死んだのは1991年で、そのあとになってベストセラー詩人になった。神谷光信のノートでは、2002年に島田雅彦が『現代詩手帖』で陣野俊史と対談して、都築響一が「「夜露死苦現代詩」で取り上げることになる相田み…

福田和也の「天皇抜きのナショナリズム」

前に書いたが、福田和也は2001年ころ、「天皇抜きのナショナリズム」と言い出したことがあって、それなら私に近いかもしれないと思ったのだが、その後西部邁に揶揄されるような場面もあり、保守論壇で評判が悪かったのか、引っ込めてしまった。 と思っていた…

「まっとうな本」(週刊朝日)の思い出

遠い、遠い昔の2002年、今はなき『週刊朝日』の「週刊図書館」という、私もずいぶん(書く方で)お世話になった書評欄に、月一回、「まっとうな本」という、物騒な連載があった。「虫」という匿名で書かれており、一頁分で、今では文壇の大御所になっている…

藤浦敦「三遊亭円朝の遺言」(1996)レビュー

藤浦敦という人は、円朝の友人の藤浦周吉というのが三遊派宗家というのになり、その孫の三代目で、円朝の名を継がせる権限を持っているという。それでこんなタイトルになっている。談志、小さん、小朝がお気に入りでこの三人との対談が入っているが、ほとん…

ウソつき伊藤君

私は猫猫塾を2009年に始めたのだが、初期の生徒に伊藤君という30歳くらいの男子がいた。この人はなんでも一橋大学出身の人物で、家が大金持ちだというのだが、当時、ハタメイコ事件というのがあり、阪大でヨコタ村上孝之にレイプされたと主張する女子院生が…

「小説神髄」と「小説総論」

私は高校二年の時、二葉亭四迷の作品や中村光夫の「二葉亭四迷伝」を読んで、面白く感じたので、逍遙の「小説神髄」や二葉亭の「小説総論」も読みたいと思ったのだが、当時「小説神髄」は岩波文庫で絶版になって久しく、「逍遙選集」でしか読めなかった。そ…

「全国アホ・バカ分布考」の松本修

「探偵!ナイトスクープ」という番組を私が知ったのは、カナダ留学中に立命館の学生らから教えられてのことで、92年の帰国後はほどなく東京でも放送が始まったので観ていて、93年にプロデューサーの松本修の『全国アホ・バカ分布考』が出たのをすぐ買って読…

アポなし突撃

18日水曜の午後6時半、マンション入り口の呼び出しが鳴ったので出たら、知らない男(30代くらい?)が「××といいます。スガ秀実さんの弟子で、小谷野さんと話がしたくてアポなしで来てしまいました」と言うから、狼狽して、いや、そりゃいきなり無理でしょう…

武田勝頼の遺児

さっき、舘ひろしが武田信玄、里見浩太朗の山本勘介、古手川祐子の由布姫、丹波哲郎の武田信虎という、1992年の民放の「風林火山」を観ていて、これは谷崎潤一郎の「盲目物語」の書き換えだなと思ったのだが、私の最後の実家である越谷市瓦曽根の家のそばに…

犬と目があう

30年くらい前じゃないかと思うが、新聞に女性が書いたのか投書したのか、その女性が一人の男性に、「女が電車の中で新聞を読んでいるとどう思う?」と訊いたら、「道を歩いていて、ビルの高いところにいる犬と目があった時の気分だ」と言ったと書いてあって…

新説のある種の運命

サヴォイ・オペラの『ミカド』の翻訳を出した時、倉田喜弘さんの論文を付録にした。「宮さん宮さん」のメロディーは、日本でできたものではなく、サリヴァンが作曲したものが逆輸入されたものではないかというもので、倉田さんは別途、歌詞さえ明治維新当時…