音楽には物語がある(20)原作者の作詞 「中央公論」2020年8月号

 『仮面ライダー』の放送が始まったのは私が小学校三年生の時で、私は最初から熱心に観てはいなかった。その主題歌は主演の藤岡弘が歌っていたのだが、藤岡は九回でケガをして佐々木剛に代わった。自分でポーズをとって「変身!」とやるようになったのは佐々木の二号ライダーからである。私がちょっと瞠目したのは、その主題歌「レッツゴー!!ライダーキック」が「作詞・石森章太郎」となっていたことで、子供心に、ああ、原作者である漫画家は作詞もできるんだ、と感銘を受けたのである。

 実はそれまで、原作の漫画家による主題歌の作詞というのはあまりなく、手塚治虫は原作がだいぶアニメ化されているが、「鉄腕アトム」の主題歌作詞が谷川俊太郎なのをはじめ、自分での作詞は私が調べた限りではない。さかのぼれば、川内康範が「月光仮面は誰でしょう」を作詞しているが、川内は総合プロデューサー的な存在なので例外だろう。

(初出時、水木しげるが原作者の作詞のはしりであることを見落としていた)

 二十年ほど前に、歌謡曲を論じた本を出したアメリカ文学者の友人が、「作詞をしてヒットしたらいい」と言っていたので気づいたのだが、作詞というのは特殊技能は要らないのだ。ましてや、子供向けアクションものの主題歌などは、スタッフや作曲家と相談しながら「迫るショッカー」などと呟いたのが採用されたりして、名義を原作者にすればいいだけのことだ。

 とはいえ、石森(石ノ森)章太郎は、原作者が映像化に当って主題歌を作詞するという事例のはしりだったのではないか(実際には水木)。石森は六八年のアニメ「サイボーグ009」でも、エンディングテーマ「戦いおわって」を作詞しているし、七九年版アニメでは主題歌「誰がために」を作詞している。『人造人間キカイダー』『ロボット刑事』『イナズマン』『秘密戦隊ゴレンジャー』でも主題歌や挿入歌を作詞している。同じころ永井豪も『マジンガ―Z』の挿入歌や、『ゲッターロボ』の主題歌を作詞している。

 七三年に放送の始まった人形劇「新八犬伝』では、脚本の石山透が「夕焼けの空」や「仁義礼智忠信孝悌」を作詞していたから、おやシナリオ作家も作詞を、と当時思ったものだ。

 漫画原作のほうでは、『キャンディ♡キャンディ』の、堀江美都子が歌って大ヒットした主題歌は、原作者の水木杏子が、小説家としての名木田恵子名義でしたもので、これはアクションものではないし、内容豊かな歌詞で、元来詩人的なところのある名木田ならでは、という感じがする。

 東大仏文科卒で、エリュアールが好きだったというアニメ監督の高畑勲は、「アルプスの少女ハイジ」や「赤毛のアン」の主題歌は岸田衿子に任せているが、「母をたずねて三千里」のエンディングテーマ「かあさんおはよう」の作詞をしていた。宮崎駿は「となりのトトロ」と「もののけ姫」の作詞をしており、ほかに自身のアニメ作品の歌の補作や、自分のアイディアを作詞家が形にしたものもある。

 しかし、プロ顔負けの作詞をするアニメ監督がいて、それは富野由悠季である。「井荻麟」の名で『伝説巨神イデオン』のエンディングテーマ「コスモスに君と」などのロマンティックな歌詞を作っていたのだが、元来富野は文学青年的なところがあり、小説も書くから、これは納得できる。『戦闘メカ・ザブングル』の挿入歌もなかなかいいものがある。

 それにしても、宮崎駿の評価がやたら高いのに対して、富野の評価がいま一つなのは、ロボットアニメが主たる業績だから仕方ないのだろうが、菊地寛賞でも授与されないものだろうか。