牧逸馬「地上の星座」

 牧逸馬林不忘谷譲次)の「地上の星座」は、19325月年から34年5月にかけて『主婦の友』に連載されてヒットした通俗長編である。単行本は34年に新潮社から刊行され、『大衆文学大系』に入っている。34年には野村芳亭監督で映画化されており、川崎弘子、 田中絹代 岡譲二 江川宇礼雄の出演。牧は翌年、35歳で多忙のため急死している。筋は久米正雄出世作「蛍草」に似ている。

 田端にある八千代幼稚園は、藤井という男が理事をし、津田小枝子という母と二人暮らしの若い娘が保母をしている。有吉笑子という園児は、近所に住む政治家・有吉重蔵の下の娘で、これを迎えに来た青年は、そこで書生をしている帝大法科の宇佐美慎介。小枝子は、その慎介に一目ぼれする。

 有吉家には暎子という年頃の娘がいて、慎介とは相思の仲である。その下の長男・禎一はまだ幼い。川瀬彰夫というやはり帝大法科生が出入りしているが、重蔵はある借金を抱えて苦悩していたところ、川瀬の兄で和歌山の義人が金を貸してくれたために助かる。重蔵の妻琴子と重蔵は、それまで暎子を慎介と結婚させるつもりだったが、ここから、川瀬に見返ることにする。暎子は抵抗し、夏の一夜、慎介と関係を持ってしまうが、心変わりして川瀬と結婚する。慎介は有吉邸を追い出され、高熱を出して倒れていたのを小枝子に救われ、小枝子と結婚する。だが暎子は慎介の子を妊娠しており、その息子を生んで、繁と名づけられた。このことは琴子しか知らなかった。

 卒業後、慎介も川瀬も弁護士として立ち、川瀬は成城学園前に邸宅を構え、次男の昇も生まれる。だが弁護士として慎介の声名は高くなり、川瀬は肺結核に倒れる。さらに川瀬の兄の事業も傾き、川瀬の邸は慎介のものとなり、川瀬一家は近所のボロ家に移ることになる。

 慎介は繁とたまさかのことで知り合い、繁は実の父のごとく慎介を慕うので、そのことを知った暎子は慄然とする。慎介は法学博士となり、敗北を悔しがりつつ川瀬は死んでしまう。小枝子は暎子に会って、高ぶった態度で300円の小切手を与えたが、このことを恨んだ暎子は復讐を考え、慎介を誘惑しようとする。丸の内の泉商会で働くことになった暎子は、向かいの丸ビルが慎介の事務所であるのを利用して慎介を誘惑し、慎介は抵抗するが、暎子の計略で慎介に裏切られたと思った小枝子も動きを見せる。慎介と暎子はともに箱根に行くが、繁の盲腸炎で呼び戻され、しかし再度繁と三人で伊豆へ行くことになり、慎介と繁だけで行く途中、タクシーが崖から転落する。暎子と小枝子は、二人とも死んだものと絶望して駆けつけるが、死んだのは繁だけで、生きていた慎介は、夫婦は地上の星座だと言って小枝子を選ぶのであった。

 なお「大衆文学大系」の解説で尾崎秀樹は「純情な妙子と利己的な暎子」と書いているが、小枝子を妙子と記憶していたのだろうか。