白石一文の私小説を読んだら疲れた

白石一文は、直木賞受賞作を読んだが、あまりピンとこなかった。それから数年して、電車で出かける時、駅前まで来て、車内で読む本を持ってこなかったことに気づき、駅前の本屋へ飛び込んで物色し、それの文庫版を買ってしまい、車内で広げて、あ、これは前に読んだ、と気づいたくらい、印象が薄く、読みにくい小説という印象だった。

 新刊の『君がいないと小説は書けない』は、私小説らしいというので読んだのだが、この人はとにかく長い。一ページで言えることを五ぺージくらいかけるからくどい。文章も妙な癖があるのと、同時性とか偶然とかオカルト要素のある作家で、それが好きな人がファンであるらしい。

 入社した「A社」というのが文藝春秋だというのは分かるが、それなら「B社」にすればよさそうなものだが、そういう操作が割と手が混んでいてしんどかった。最初の上司で雑誌編集長だったS氏は、のち社長になり、その葬儀の場面があるが、これが白石勝であることは分かった。主人公は野々宮となっており、父・白石一郎は「野々宮宗一郎」である。

 どうやら大宅壮一ノンフィクション賞らしいのを、とること間違いなしと思われていたのが落ちるのは、佐野眞一の「巨怪伝」だろうが、ここはイニシャルが特にきつく、XとかPとかQとかになっている。特に佐野と元は仲が良かったのがいつしか犬猿の仲になった、佐野ほど売れないノンフィクション作家で選考委員のPというのが誰か。「巨怪伝」の時の選考委員で男は、木村尚三郎立花隆深田祐介森本哲郎、柳田邦男、山崎正和だが、「その年から選考委員になった」という人はいないからここは曲げているだろう。ノンフィクション作家で売れてないといったら立花ではありえないから、深田、森本、柳田あたりか。実際に佐野が受賞した時、このPには文春から因果を含めたとあるが、欠席した深田があやしい。

 もう一つたまげるのは、他の大手出版社の編集者で、腕はいいのに不遇に終わった人について、女社長の愛人だったとあるところで、大手出版社の女社長といったら講談社野間佐和子しかいないだろう。夫が生きていて高級官僚となっているのはボヤカシであろう。

   あとガウス出版社という、静岡で設立され、直木賞作家一人を出して手を広げ、つぶれてしまった出版社とその社長が出てくるが、これは愛知の海越出版社で、白石は文春時代に変名で最初の小説集を海越から出しているが、そのことは書いてない。

 この小説の読みどころは、二番目の妻「ことり」とのなれそめで、その展開にはあっと驚かされる。ほか、納得するところも少なくはなかった。しかしこの人の小説は無用に長い。

小谷野敦