2020-07-01から1ヶ月間の記事一覧

知らめ

山田洋次監督の「ダウンタウン・ヒーローズ」(1988)に、 「憧れを知る者のみわが悩みを知らめ」 というエピグラフが、冒頭と最後に出てくる。 だが「知らめ」の「め」は已然形で、間に「こそ」が入らないと現れないはずである。 早坂暁の原作にこの言葉は…

面識がなくてもできること

大杉重男が古井由吉について書いている。 http://franzjoseph.blog134.fc2.com/blog-entry-141.html 古井の文学は私はもともと評価しておらず、その点では大杉のまとめは凱切だと思うが、ここで、古井のセクハラにあったとされている女性作家は清水博子だろ…

ジョアナ・ラス「テクスチュアル・ハラスメント」アマゾンレビュー

女がものを書くとさまざまな手口で「否定」される、とラスは言う。だがそのラスは、フェミニズムにとって都合の悪い女作家は、自分で否定しているのだ。マーガレット・ミッチェルとパール・バックは名前さえ出てこず、エリカ・ジョングなど批判さえされている…

「空芯手帖」の謎

今年の太宰治賞を受賞したのは八木詠美の「空芯手帖」である。なおこの授賞式は今回は中止になった。毎年三鷹市長と、津島家を代表して津島園子の挨拶があったのだが、園子氏は先ごろ妹(佑子)に続いて亡くなった。 「空芯手帖」の筋は以下のとおり。 空芯…

書評・大島真寿美『渦 魂結び 妹背山婦女庭訓』 週刊読書人

岡本綺堂に「近松半二の死」という短編戯曲がある。歌舞伎の隆盛により衰退する人形浄瑠璃を憂え、「伊賀越道中双六」を未完のまま死んでいく近世中期の浄瑠璃作者・半二を描いたもので、私はこれに「トゥーランドット」を未完のまま死ぬプッチーニを重ねた…

年譜の盛衰

文学者の年譜というものがある。以前は「日本文学全集」の類に年譜はつきものだった。あと初期の講談社文庫はたいていの著者の年譜がついていたが、80年代からなくなった。国文学雑誌や『現代詩手帖』などでその文学者の特集が組まれると年譜がついた。江藤…

音楽には物語がある(5)旅立ちの日に 

「仰げば尊し」に代わって、卒業式でよく歌われている歌、として「旅立ちの日に」が紹介されたのをテレビで観たのが最初だったろうか。この歌は一九九一年に、埼玉県秩父市立影森中学校の校長と音楽教員が作ったという。校長・小嶋登は「歌声の響く学校」を…

本にあまり感心しない

私が、世間では評判のいい本にあまり感心しない人間だということに気づいたのは、大学へ入って数年たったころだろうか。高校時代にも、ドストエフスキーの『白痴』とか川端の『雪国』が分からないで難儀したが、これは自分がまだ幼いからだと思えた。大学へ…

松本清張原作でない「松本清張シリーズ」

一九七七年十一月にNHK「土曜ドラマ」の松本清張シリーズで放送された「たずね人」が私はひときわ好きで、九二年に清張が死んでNHKで再放送した時に、ベータの一倍速で録画したものである。 これは、インドネシアからやってきた女性(鰐淵晴子)が、自…

ナウシカ歌舞伎     「かまくら春秋」三月

昨年十二月、新橋演舞場で「風の谷のナウシカ」漫画版を昼夜通しで歌舞伎にし、尾上菊之助主演で上演されたのを、妻と観て来た。私は九月に二センチの大腸ポリープが見つかり、悪性かもと怯えて二か月半ば寝て暮らしていたが、十一月に良性だと判明はした。…

「東京物語」と未亡人問題

「東京物語」は35年くらい前に観たが、別に面白くなかった。「東京家族」を観たので比較のために観てみたが、子供たちは別に両親に邪慳にしてはいないのだ。仕事もあり子供もいて精一杯やったのである。しかるに戦死した末っ子の未亡人である原節子を美化せ…

平山周吉と「おっかない」

平山周吉というのは、小津安二郎の「東京物語」の主人公の名である。笠智衆が演じた。これをリメイクした山田洋次の「東京家族」では、橋爪功が演じている。「家族はつらいよ」は、同じ配役で、妻の吉行和子が死んだのはなかったことにしてあとを続けたもの…

バーナード・ショーの謎

アマゾン・プライムに1938年の映画「ピグマリオン」が入っていたので観たが、イライザ役のウェンディ・ヒラーは美しくないし、なんだかモームの「人間の絆」を映画化した「痴人の愛」を思い出したのは、ヒギンズ役がレスリー・ハワードだったからだ。私は『…

音楽には物語がある(4)フニクリ・フニクラ 

「フニクリ・フニクラ」というイタリアの歌がある。日本語歌詞では、ヴェスヴィオス火山への登山電車ができたので「誰でも登れる」というもので、子供のころは、変な歌だなあと思っていた。だいたい「赤い火を吹くあの山へ」とか「ここは地獄のベスビアス」…

綿野恵太VSスティーヴン・ピンカー

『群像』七月号に綿野恵太の「ピンカーさん、ところで、幸せってなんですか?」が載って、ピンカーよりフーコーのほうが好き、などと綿野君が言っていたのだが、『群像』は一か月たたないと図書館で借りられないので今日やっと借りられた。 『21世紀の啓蒙』…

「ノンフィクション」って何?

大宅壮一メモリアルノンフィクション賞と河合隼雄学芸賞を受賞した小川さやかの『チョンキンマンションのボスは知っている』を読んだら、あまり面白くなくて途中でやめにした。小川はノンフィクション作家ではなくタンザニアが専門の文化人類学者で立命館大…

音楽には物語がある(3)マチルダ 中央公論2019年3月

トルーマン・カポーティの『ティファニーで朝食を』は、今では村上春樹の翻訳が出ているが、それまで流布していたのは、新潮文庫の龍口直太郎の訳だった。(たつのくち)表紙は映画からとったオードリー・ヘプバーンで、ただ私はそれほど面白い小説だとは思…

『魅せられたる魂』と川端康成」文學界2019年7月

ロマン・ロランの『魅せられたる魂』は、ラウール・リヴィエールという五十を前にして死んだ建築家の、母親の違う二人の娘、アンネットとシルヴィを主人公にし、その数奇な人生を描いたものである。その最初のほうに、 アンネットは気づいてみるとなるほど夜…

音楽には物語がある(2)現代詩 中央公論2019年2月

小学校高学年の頃、音楽室から合唱曲が聞こえて来ていた。大人になって、あれはいい曲だったなあと思って探したら、子供用合唱曲「トランペット吹きながら」であることがすぐに分かり、それの入ったLPを買った。作詞は詩人の中村千栄子、作曲は湯山昭で、…

書評・スティーブン・ピンカー『21世紀の啓蒙』週刊朝日3月27日

「近代が諸悪の根源だ」と言った作家がいた(車谷長吉)。おそらく彼は地主の家に生まれたので、農地改革で土地を失ったと感じたのだろう。だが必ずしもそういう理由でなく、二十世紀は二度の世界大戦で未曽有の死者を出したとされ、核兵器によって人類は絶…

音楽には物語がある(1)あずさ2号 中央公論2019年1月

兄弟デュオ「狩人」のデビュー曲にして唯一のヒット曲「あずさ2号」は、一九七七年のリリースで、当時私は中学校三年生だった。 「八時ちょうどの、あずさ2号で」と、歌の語り手であるヒロインは「春まだ浅い信濃路へ」、恋人を置いて別の男と旅立つのだが…