2023-09-01から1ヶ月間の記事一覧

「ゼロの焦点」と結婚の幻想

松本清張の『ゼロの焦点』を読んだのは、カナダから帰って来たころのように思うから、1992年ころか、まあだいたい今から30年前だろう。しかるに、この小説の筋を、私はなぜか覚えていない。発端は覚えているのだが、そのあとどうなったのか覚えていない。面…

橋本恭子『『華麗島文学志』とその時代ー比較文学者島田謹二の台湾体験』感想

ちょっと機縁があったので近所の図書館にはなかったが北区図書館から取り寄せてざっとななめ読みした。著者は生年が書いていないが恐らく私より年上で、これは一橋大学の2010年の博士論文で2012年刊行だから著者は50歳を超えていただろう。実にものすごい量…

微温化され中産階級向きにされる大江健三郎

9月13日の昼過ぎ、今日都内のホテルで、大江健三郎のお別れの会が開かれたというニュースをX上で見た時、あっ私は呼ばれなかったんだという悲哀が突き上げてきた。衝撃を受けつつあちこち調べてみると、大江についての本を書いた榎本正樹は呼ばれたが行かな…

「蒼ざめた馬をみよ」その後

「ざめた馬をみよ」文春文庫解説は山内亮史(社会学者)で、五木が好きだというエセーニンが自殺した時マヤコフスキーが文章を書いた、そのマヤコフスキーが 死んだ時パステルナークが駆け付けたという逸話を記して作品にはまるで触れないものだった。駒尺喜…

「だれのものでもないチェレ」を観る

これはハンガリーの1976年の映画で、78年に岩波ホールで上映されているから、その時の新聞評や広告で題名が記憶に残っていたか、「キネマ旬報」では79年に18位になっている。 いきなり、東欧の農村に全裸の6歳くらいの女児が牛を追っている場面から始まる。…

音楽には物語がある(57)かもめのイメージ 「中央公論」9月号

NHKでやっていた「土曜ドラマ」の「松本清張シリーズ」の一つとして1977年に放送された「たずね人」は、実は松本の原作はなく、早坂暁のオリジナル脚本だった。筋は、戦争中にインドネシアに駐屯していた日本人兵士と現地人女性との間に女の子が生まれ、成長…

笙野頼子「発禁小説集」を読む

「群像」から追い出された笙野頼子が鳥影社から出した「発禁小説集」を読んだのだが、中にはトランスジェンダーとは関係ないのも、それは少ししか書いてないのもあった。質屋へ行く話が痛々しかったが、宝石とか時計を入れているので、ああそうか質屋という…

外国語学習伝(終)

飛行機の席は、奨学金を出したカナダ政府でとったものだったか、詳しいことは忘れたが、禁煙席だった。私は当時はまだ耐えられたから、寝る時間になって暗くなった時にこっそり一服しただけだった。 留学生を空港で待っていて大学まで案内してくれるサービス…

外国語学習伝(4)

私の本と同じころに、女性のインタビュアーが、若手の女性学者にインタビューしたのをまとめた本が出ていて、それに吉川玲子さんも出ていたので、本屋で清滝にそれを見せたら、悲しそうな顔をして、 「吉川さん、かわいいよ、ストーカーがついたってのも分か…

外国語学習伝(3)

私はそのことは誰にも秘密にしていたから、清滝にだけ話していたことになる。要するに、あちらの「好意」に甘えていたのである。清滝はまだECCと関係していて、キャシーとも話すことがあったようだが、キャシーに私のことを話したら、「彼はあなたを利用して…

外国語学習伝(2)

かくして私は無事に大学院へ入ったが、アテネ・フランセ通いは続けていて、四月からは、百地歌子先生という三十歳くらいの女の先生の、フランス語会話のクラスに参加した。それまで私はひたすら読解のためだけにフランス語をやっていたので、当初発音がひど…

外国語学習伝(1) 小谷野敦

私が大学に入った時、第二外国語として選んだのはドイツ語だった。当時私は、本来の志望だった文学研究からちょっと逸れて、オペラ研究をしたいなどと、楽器もろくにできないのに無茶なことを考えており、オペラの本場といえばイタリアだが、当時はまだ第二…

平野謙「新生論」を読む

1946年に二回にわたって『近代文学』に発表され、平野謙の出世作となった「新生論」つまり島崎藤村の『新生』を論じたものが岩波現代文庫『島崎藤村』に入っていたのを読んだ。今ごろ読むのもおかしなものだが、その後の研究もあったから読んでいなかった。…