急に薬をやめるのは危険

私は1995年8月に東大病院で処方を受けてマイナートランキライザーを呑むようになり、それまでのパニック障害や不安障害が緩和されていったのだが、それより前に群ようこのエッセイで、群が若いころ精神状態が悪くなりマイナートランキライザーを処方されて呑…

「高速道路家族」を観た

韓国の「高速道路家族」という映画を観た。「パラサイト」と似た設定だがこちらのほうが面白かった。両親に女児、男児の四人家族が高速道路のサービスエリアにテントを張って生活していて、生活費は父親が詐欺師になって、自動車を降りる人に、財布をすられ…

「ソフト/クワイエット」とピーナッツアレルギー

「ソフト/クワイエット」という映画を観た。全編ワンカットという触れ込みで、しかしこういうのはカメラが手振れするから観ていると酔う。 アメリカの田舎町で幼稚園の教員をしている30代のやや美人めの女が、知り合いに声をかけて五人で集会を持つのだが、…

開高健と池田健太郎の愛人・佐々木千世

私は開高健という作家に興味がないが、松浦寿輝はある程度関心があるらしい。「輝ける闇」「夏の闇」「花終る闇」というのが開高の「闇」三部作で、長い間かけて書いたものだが、「輝ける闇」はベトナム戦争のルポで、これは私が概して戦争ルポが苦手なので…

亀井俊介「マリリン・モンロー」は「新しく」はない

先ごろ亀井俊介先生が亡くなり、1987年に岩波新書から「マリリン・モンロー」を出したことが話題となっている。お硬い岩波がモンロー、というのは驚きであった、みたいな話である。だが、私はその当時から、これが驚きだとも、新しいとも思わなかった。何し…

司馬遼太郎「十六の話」の感想

司馬にこんな本があることも知らなかったのだが、1993年中央公論社刊を中公文庫でふと見つけた。どうも晩年に、まだ単行本に入っていないエッセイ類を集めたもので、しかし読み始めると、井筒俊彦の話、開高健の追悼文、仏像写真家の井上博通の解説文などが…

大阪大学の過去

ふと目に止まった本があったので取り寄せた。『ひとつの抗議 ある大学人事の裁判記録』(阪大教養第1003号による公募人事を考える会編、第三書館発行・新泉社発売、1980)で、届いて初めて知ったのだが、京大出身の元フランス文学者・西川祐子(1937- )が、…

音楽には物語がある(58)没になった音楽 「中央公論」10月号

ピンクレディーの「サウスポー」には、録音するところまで行った没曲があるということは前に書いた(阿久悠『愛すべき名歌たち』)。ピンクレディーのプロデューサーが、録音が済んだあと、これでいいのかと不安になり、都倉俊一のところへ駆けつけて、もう…

やむをえない自殺について

6月に「読書人」でインベカヲリ★さんと公開対談をしたのだが、残念ながらその内容は活字としてまとめられていないので、少し書いておく。 前にインベさんが「家族不適応殺」という、殺人犯(無期懲役)の男を描いたノンフィクションに続いて「死刑になりたく…

「男の凶暴性はどこから来たか」感想

類人猿学者リチャード・ランガムと、ライターのデール・ピーターソンの共著だが、まあランガムの論をピーターソンがまとめたものだろう。チンパンジーが小型サルのアカコロブスを集団で襲って殺して食う凶暴な動物なのは知っていたが、大人同士で殺し合うの…

「ゼロの焦点」と結婚の幻想

松本清張の『ゼロの焦点』を読んだのは、カナダから帰って来たころのように思うから、1992年ころか、まあだいたい今から30年前だろう。しかるに、この小説の筋を、私はなぜか覚えていない。発端は覚えているのだが、そのあとどうなったのか覚えていない。面…

橋本恭子『『華麗島文学志』とその時代ー比較文学者島田謹二の台湾体験』感想

ちょっと機縁があったので近所の図書館にはなかったが北区図書館から取り寄せてざっとななめ読みした。著者は生年が書いていないが恐らく私より年上で、これは一橋大学の2010年の博士論文で2012年刊行だから著者は50歳を超えていただろう。実にものすごい量…

微温化され中産階級向きにされる大江健三郎

9月13日の昼過ぎ、今日都内のホテルで、大江健三郎のお別れの会が開かれたというニュースをX上で見た時、あっ私は呼ばれなかったんだという悲哀が突き上げてきた。衝撃を受けつつあちこち調べてみると、大江についての本を書いた榎本正樹は呼ばれたが行かな…

「蒼ざめた馬をみよ」その後

「ざめた馬をみよ」文春文庫解説は山内亮史(社会学者)で、五木が好きだというエセーニンが自殺した時マヤコフスキーが文章を書いた、そのマヤコフスキーが 死んだ時パステルナークが駆け付けたという逸話を記して作品にはまるで触れないものだった。駒尺喜…

「だれのものでもないチェレ」を観る

これはハンガリーの1976年の映画で、78年に岩波ホールで上映されているから、その時の新聞評や広告で題名が記憶に残っていたか、「キネマ旬報」では79年に18位になっている。 いきなり、東欧の農村に全裸の6歳くらいの女児が牛を追っている場面から始まる。…

音楽には物語がある(57)かもめのイメージ 「中央公論」9月号

NHKでやっていた「土曜ドラマ」の「松本清張シリーズ」の一つとして1977年に放送された「たずね人」は、実は松本の原作はなく、早坂暁のオリジナル脚本だった。筋は、戦争中にインドネシアに駐屯していた日本人兵士と現地人女性との間に女の子が生まれ、成長…

笙野頼子「発禁小説集」を読む

「群像」から追い出された笙野頼子が鳥影社から出した「発禁小説集」を読んだのだが、中にはトランスジェンダーとは関係ないのも、それは少ししか書いてないのもあった。質屋へ行く話が痛々しかったが、宝石とか時計を入れているので、ああそうか質屋という…

外国語学習伝(終)

飛行機の席は、奨学金を出したカナダ政府でとったものだったか、詳しいことは忘れたが、禁煙席だった。私は当時はまだ耐えられたから、寝る時間になって暗くなった時にこっそり一服しただけだった。 留学生を空港で待っていて大学まで案内してくれるサービス…

外国語学習伝(4)

私の本と同じころに、女性のインタビュアーが、若手の女性学者にインタビューしたのをまとめた本が出ていて、それに吉川玲子さんも出ていたので、本屋で清滝にそれを見せたら、悲しそうな顔をして、 「吉川さん、かわいいよ、ストーカーがついたってのも分か…

外国語学習伝(3)

私はそのことは誰にも秘密にしていたから、清滝にだけ話していたことになる。要するに、あちらの「好意」に甘えていたのである。清滝はまだECCと関係していて、キャシーとも話すことがあったようだが、キャシーに私のことを話したら、「彼はあなたを利用して…

外国語学習伝(2)

かくして私は無事に大学院へ入ったが、アテネ・フランセ通いは続けていて、四月からは、百地歌子先生という三十歳くらいの女の先生の、フランス語会話のクラスに参加した。それまで私はひたすら読解のためだけにフランス語をやっていたので、当初発音がひど…

外国語学習伝(1) 小谷野敦

私が大学に入った時、第二外国語として選んだのはドイツ語だった。当時私は、本来の志望だった文学研究からちょっと逸れて、オペラ研究をしたいなどと、楽器もろくにできないのに無茶なことを考えており、オペラの本場といえばイタリアだが、当時はまだ第二…

平野謙「新生論」を読む

1946年に二回にわたって『近代文学』に発表され、平野謙の出世作となった「新生論」つまり島崎藤村の『新生』を論じたものが岩波現代文庫『島崎藤村』に入っていたのを読んだ。今ごろ読むのもおかしなものだが、その後の研究もあったから読んでいなかった。…

何年あればいいんですか?

私が若いころの新聞記事で、記者が書いた短いものだが、さる東大教授(匿名)が、大学内部の腐敗を嘆いているという、まあよくある記事であった。ところがその最後に、「しかしこの教授も、あと二年で定年を迎えるという」とあり、だから改革はできないとい…

五木寛之の謎

佐藤浩市が主演した「青春の門」(1981)を観ていなかったので観てみたが、想像を絶するつまらなさだった。話はあらかた知っているし、古風なマッチョ趣味の映画で気色悪いことこの上ない。映画化が「自立篇」で止まってしまうというのも当然である。シリー…

複雑な事情

小学校教育に関する書籍をアマゾンで見たらこんな「正誤表」がついていた。複雑な事情を感じさせる。 [正誤表]2020/07/08本書においては、以下に不適切な個所がございました。お詫びして訂正いたします。「おわりに」において、「『仕掛け学』という言葉の使…

長堂英吉「黄色軍艦」を読む

続けて長堂英吉「黄色軍艦」を読む。1998年『新潮』に一挙掲載された250枚くらいの中編か。平野啓一郎の「日蝕」と同じ年だから編集長は前田速夫だろう。 明治20年代の沖縄が舞台。明治の琉球処分で、独立して薩摩と清国に両属していた琉球は日本領になり、…

長堂英吉(ながどうえいきち)「ランタナの花の咲く頃に」感想

沖縄の作家・長堂英吉が2020年に87歳で死んでいたことに気づいたので、その出世作『ランタナの花の咲く頃に』(新潮社)を読んでみた。これは1990年の新潮新人賞受賞作で、当時長堂は58歳である。のち『黄色(ちいる)軍艦』で、66歳にして芸術選奨新人賞を…

鈴木貞美と大衆文学

前に触れた「石川淳の世界」は、シンポジウムをもとにしたものだが、最後のほうに鈴木貞美が出てきて、例によって、純文学と大衆文学などという区別は不要だと気炎を上げている。私はこの件で十年くらい前に鈴木と論争したことがあるのだが、鈴木はどうも石…

山田詠美の「選評」をめぐって

第169回芥川賞の選評を見ていて、山田詠美・選考委員の「選評」に、気になる一節を見つけた。「このところ何度となく、「芥川賞選考会は、他のジャンルから出て来た候補者には授賞しないと決めたようだ」という当て推量めいた文言を目にしたのだが…いいえ、…