歴史上の人物の名誉毀損

 新潮社のPR誌『波』に、俳優の高嶋政伸が「インティマシー・コーディネーター」というですます調の文章を書いている。私はほとんど観たことのない「大奥」というドラマで高嶋が徳川家慶の役をやり、自分の幼い女児に性的暴行を加える話を撮影するのに、役を演じる女児がトラウマにならないように配慮するのを統括する仕事の人のことで、高嶋自身もやたら配慮している。だがこのドラマは女が将軍をやる話ではなかったのか? まあそれはいい。

 しかし、私は一読して、そういう配慮を素晴らしいと思うより、そんなフィクションの映像をわざわざ作らなくてもいいではないかと思った。だいたい徳川家慶は歴史上の実在の人物で、自分の娘を強姦したなどという事実はない。いくら歴史上の人物とはいえ、これは名誉毀損ではないか? 考えてみるがいい、勝海舟近藤勇が女児強姦者だなどというドラマが作れるか? ジョージ・ワシントンやナポレオンがそういう変態だったなどというドラマが作れるか? あまり有名でないからといってなめているのではないか? 徳川黎明会は抗議しなかったのか?

 死者の名誉毀損は、事実ではない場合に成立するとされているが、これなどは法的にはともかく、ドラマを作る側の良識の問題ではないかと思う。

小谷野敦