「男の凶暴性はどこから来たか」感想

類人猿学者リチャード・ランガムと、ライターのデール・ピーターソンの共著だが、まあランガムの論をピーターソンがまとめたものだろう。チンパンジーが小型サルのアカコロブスを集団で襲って殺して食う凶暴な動物なのは知っていたが、大人同士で殺し合うのは哺乳類ではヒトとチンパンジーだけらしい。ライオンやクマの雄は、雌が連れている自分の子でない子供を殺してしまい、雌はすぐにその殺した雄になついて新しい子供を産もうとする。動物の世界では、肉食動物は大人より子供を狙うことが多い。著者はチンパンジーの凶暴性を、メスが群れを主導するボノボと対照させ、全体としてはオスの凶暴性を描き出している。

 しかしジャン=ジャック・ルソーは進化論さえ知らず、原始の人間は平等で争いもない平和な世界を生きていたと妄想したが、進化論を知ったあとでもエンゲルスはそれに似た妄想を抱いており、動物についても現在よりよほど平和的な存在で、同じ種で殺し合ったりするのは人間だけだ、といったたわ言が1960年ころまでは盛んに言われていたのである。今さらルソーの評論を読むことに意味があるのか、思想史的な意味しかあるまいと私は思うのである。(もちろん『告白』や『新エロイーズ』や『孤独な散歩者の夢想』は文学作品として価値があるわけだが)

小谷野敦