司馬遼太郎「十六の話」の感想

司馬にこんな本があることも知らなかったのだが、1993年中央公論社刊を中公文庫でふと見つけた。どうも晩年に、まだ単行本に入っていないエッセイ類を集めたもので、しかし読み始めると、井筒俊彦の話、開高健の追悼文、仏像写真家の井上博通の解説文などが、成熟した文体と博識で書かれていて、今さら変だが感心してしまった。特に仏陀に後世の仏像を見せたら、というところで、もし不動明王を見せたら「これは、ドラヴィダ人の少年奴隷ではないか」と言うだろうというところで私はびっくりしてしまったのだが、調べたら不動明王ドラヴィダ人の奴隷だというのは美術史の説で、そこへ童子だというところから「少年」をつけ加えたのだと分かった。あとは『幕末軍艦咸臨丸』という研究書を50年もかかって書いた文倉平次郎の話とか、何しろ初めて知ったから面白かった。

 もっとも、懐徳堂関係の富永仲基や山片蟠桃をほめあげるあたりは、私にはおなじみの江戸思想言説だったし、後半になると地球環境問題の論が多くなり、最後は小学校の国語教科書のために書いた文章とかが出てきて、後半はそれほどでもなかった。最後は井筒俊彦との対談が載っているが、ユングが出て来たりして、私はこういうオカルト的な話にはあまり乗れない。