著書訂正

「面白いほど詰め込める勉強法」(幻冬舎新書) 63p「原作では男の医師が、中野良子の女医に変えられており」→原作でも女医

音楽には物語がある(44)柳家小三治と中田喜直 「中央公論」八月号

落語家の柳家小三治が死んで、『ユリイカ』で追悼特集をやった時、みなが小三治を礼賛する中で、放送作家の石井徹也の「私が知っている柳家小三治」は、ほぼ批判に終始していて、こういうのもなくちゃいけないと思った。実際小三治は、私は五十代のころは好…

差別しているかもしれない

フレデリック・ワイズマン監督のドキュメンタリー映画「ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ」を観た。長くてつらいところもあったが、ぎょっとしたのは最後のほうで、身分証か何かをもらうための面接の準備で講習をしているところで、「東西南北」に…

原基晶「ダンテ論 『神曲』と「個人」の出現」アマゾンレビュー

ダンテはなぜつまらないか星5つ 、2022/08/06 私は長いことダンテが苦手だった。ベアトリーチェの話には恋愛の生々しさはないし、「神曲」は平川祐弘先生の訳で読んだがつまらなかった。平川先生の解説本も読んだが一向に腑に落ちなかったし、私には何だか平…

統一教会と原理研

私は仲正昌樹と同期だから、駒場キャンパスでは夕方、帰路につくところをよく原理研に誘われた。もちろん相手はしなかったが、夕飯のあと、居間で母にその話をしていたら、寝転がってテレビを観ていた父に母がその話をしたが、話をろくに聞いていなかった父…

「足で書く」が苦手

ノンフィクションの世界では「足を使って書く」ということが評価されがちだ。自分であちこちへ現地踏査したり、人に会って取材したり、ということだ。 学問でも小説でもそういうことはあるが、私は足を使って書くのが苦手である。もともと体が頑丈ではないか…

星光子の勘違いといくつかの謎

私は「ウルトラマンA」で南夕子を演じた星光子が好きなのだが、2004年ころ、星さんが、Aの中途での降板は知らされていなかったと告白したのは有名な話である。もっとも星さんはその時、翌週になったらウルトラの父が迎えに来てくれるんじゃないかと夢想した…

ボウルズとカミュ

『文學界』八月号の最後のページの連載随筆で、松浦寿輝が、二つの西洋の短編が似ているという話をしている。ポール・ボウルズの「遠い挿話」(1945)とカミュの「背教者」(1957)で、前者は四方田犬彦訳『優雅な贈り物』に、後者は窪田啓作訳『追放と王国…

書評「誰もいない文学館」(西村賢太)週刊読書人(訂正あり)

西村賢太には、冷たくされた。芥川賞をとったころ、あちらの著作が送られてきたので、お礼のハガキを書いたが、返事はなかった。それからこちらの著作も新宿の住所に送るようになったが、ある時期から宛所不明で戻ってくるようになった。王子に住んでいると…

伊藤整日記 全八巻  書評   (週刊読書人)

伊藤整日記が全八巻で完結した。十年ほどの期間だが大変な分量である。伊藤には「太平洋戦争日記」もあるし、日記つけは習慣となっていたようだ。伊藤は川端康成に近かったし、『新・文章読本』も代筆しているから、川端関連の事項を拾うつもりで読んでいた…

著書訂正

「川端康成伝」 p70「当時は中学校を四年修了すれば高等学校へ行けたが、康成は五年いて卒業 > している。」→四年卒業で高校へ行けるようになるのは二年あとなので削除。 p83「大正六年三月、茨木中学校を卒業。高校は九月開始だったため、試験は七 > …

橘家圓喬の辞世と京須偕充

京須偕充の『芝居と寄席と』の最後に、名人といわれた橘家(三遊亭)圓喬の話が出てくる。圓喬の最後について、『文藝俱楽部』の記事を引用している。そこに、苦しい息の下で圓喬が書いた辞世の句が出てくる。「筆持って月と話すや冬の宵」というのだが、京…

森銑三の西鶴論

『文學界』八月号に、角地幸男がドナルド・キーンについて書いている中に、森銑三の西鶴についての仮説に触れたところがあった。しかしこれは直接キーンとは関係せず、キーンと対談した石川淳が訊いたことなのでやや分かりにくい。 森は図書館勤めの「在野」…

やめろ、女

歌舞伎を観に行って、女の人がかけ声をかけるということも、昔はあった。前の團十郎のひいきらしく「成田屋!」とやっている人がいた。最近は聞かないが単に私が生の歌舞伎へめったに行かなくなったからかもしれない。 しかし京須偕充『芝居と寄席と』には、…

著書訂正

「美しくないゆえに美しい女たち」 岸田今日子の項:三遊亭金馬→桂文治(留さん文治)

阿部謹也と「世間」

阿部謹也(1935-2006)という西洋中世史学者に、私はあまり高い評価を与えていない。ロングセラーだという『ハーメルンの笛吹き男』は、あちらの研究を紹介しただけだし、『西洋中世の男と女』『西洋中世の愛と人格』など、当時博士論文のために西洋中世のこ…

音楽には物語がある(43)バッハとひのまどか 「中央公論」7月号

尾崎翠のような昔の作家を掘り出すとか、佐藤泰志のような死んだ作家を再評価するとかいうことがあるが、文学者で没後評価されたといえば、メルヴィルやスタンダールだろうが、クラシック音楽ではヨハン・セバスティアン・バッハというのが「忘れられていた…

岸田理生の恐怖

岸田理生という、2003年に57歳で死んだ女性の劇作家がいる。この時、岸田の思い出を書いた人がいて、それは男の劇作家か俳優だったと思うのだが、十数年前に演劇フェスティバルみたいなのがあり、終わってから、みなで雑魚寝しようという提案が出たら、岸田…

顔と声

こないだNHKで少年ドラマの「蜃気楼博士」を復活放送していたので観たのだが、これは1978年の1月、私が中学三年の時だ。主人公は中学生の男子で、それとむやみと仲のいい女子がいて、あれじゃつきあってるみたいだと思った。河合雅代という多分名古屋の子役…

赤い孤独者

高校のころ、私には親友が一人いた。中学から海城にいたOで、文学の話などをよくしていたが、私が好きだった大江健三郎などは読まなかった。ある時ふと私が、椎名麟三の「赤い孤独者」ってのがあるな、と特に意味もなく言ったら、彼が「あ、おれ、赤いとかそ…

インベカヲリ★「私の顔は誰も知らない」書評「週刊朝日」7月2日号

(雑誌では小島一朗の名前が削除されている) インベカヲリ★は、写真家である。募集に応じて来た女性たちの、ちょっと不気味な感じの半ヌード的な写真を撮っており、『やっぱ月帰るわ、私』や『理想の猫じゃない』といった写真集を出し、木村伊兵衛賞候補に…

著書訂正「このミステリーがひどい!」

「ひどミス」 牧野富太郎が小学校卒なのは家が貧しかったからで→牧野の家は富豪だったので、自分が勝手に辞めてしまったから

令和から共和へ 天皇制不要論 堀内哲編    アマゾンレビュー

排除と九条護憲派星3つ 、2022/06/25天皇制反対の論文集で、言っていることはほぼごもっともで、意外なのはあまりそうだとは思えなかった島田裕巳が参加していること。しかしアマゾンでこの本を見ると、出てくる略歴が編者の堀内哲ではなく清水雅彦になって…

「文学の話をする」

カナダ留学中のことは「カナダ留学実記」に書いたが、アメリカ人教員のモストウとクレイマーは、激しく政治的な教員で、ひたすら日本のナショナリズム批判を繰り返して私と対立していったのだが、その初期のころ、鶴田欣也先生から「モストウと文学の話なん…

冷やす映画

「レボリューショナリー・ロード」は、1961年のリチャード・イェーツの原作を2008年にレオナルド・ディカプリオとケイト・ウィンスレットで映画化したもので、「タイタニック」から11年ぶりの共演で、監督はウィンスレットの夫のサム・メンデス、夫婦関係が…

顔だけで「愛している」のか

西洋人は恋人や配偶者に「アイラブユー」とか言うが日本人は恥ずかしくて言えないということがよく言われるが、私は映画など観ていて、これは初対面でどう見たって顔だけで好きになってるだろうという状況で「愛している」とか言うことで、私の感覚では「愛…

2021年度小谷野賞

受賞作 篠川賢「国造」(中公新書) 松浦大悟「LGBTの不都合な真実」(秀和システム) 特別賞 野口義晃(「配役宝典」の人)

「肩させ裾させ」と「促織」

コオロギのことを「ツヅレサセコオロギ」とも言い、これは秋になって鳴くのは、寒い冬に備えて衣服を織れと促して「肩させ裾させ綴れさせ」と鳴くからだと説明されている。 しかしこれは、シナ発祥のことがらで、シナではコオロギを戦わせる「闘蟋」という賭…

三田誠広「遠き春の日々 僕の高校時代」アマゾンレビュー

5つ星のうち2.0 お疲れさまでした 2022年5月18日に日本でレビュー済み 長年の作家生活お疲れさまでしたと言いたくなる。加賀乙彦推奨特別文学賞も受賞しているが、第一回が三田の盟友岳真也では人脈が見え見えだ。埴谷雄高もそうだが、なんでこうドストエフ…

近松秋江の日記

青木正美さんから著書「昭和の古本屋を生きる」(日本古書通信社)を送ってもらったら、青木さんが以前所持していた近松秋江の未刊行日記の紹介があった。大正十四年(1925)のもので、新潮社から出た「文章日記」だが、あまり本式には書かれておらず、三万…