小林勇「蝸牛庵訪問記 露伴先生の晩年」

 幸田露伴の伝記の決定版は、中公文庫に入っている塩谷賛(しおたにさん)の「幸田露伴」だが、これは筆名で本名を土橋利彦といい、若いころから露伴に師事した人である。だが中途で失明し、この本は録音して書かれている。

 小林勇岩波茂雄の女婿だが、一時岩波書店から独立して鉄塔書院を建てたが、すぐ岩波に戻り、露伴に師事していた。私は最近は図書館本ばかり読んでいるが、この「蝸牛庵訪問記」は箱入りの状態のいいのがうちにあったから、だいぶ以前に古書店から取り寄せたのだろう(私はこの20年ほど実際に古書店へ行くことはない)。(後記:妻の父の遺品だった)

 昨年暮れからちびりちびり読んでいた。露伴は80歳近くまで生きたので、60歳くらいからの様子が日記体で描かれているが、これがどういうわけか面白い。露伴というのは談話の面白かった人らしく、「幻談」などは口述だから面白いのだろう。

 ちょっと引っ掛かったのが、戦後、露伴を囲んで文子(幸田文)、土橋、小林らが酒を飲んでいると、それがメチルアルコールだと分かって大騒ぎになるところがある。これは露伴は飲んでいなかったので知らせずにいたのだが、のちに土橋が失明したのはこれと関係あるのかと思うが、14年もあとのことだから関係ないのか。

 ともかく面白い本ではあった。

小谷野敦

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