東大比較文学を出て、駒場でドイツ語の教授になっていた新田義之(1934年生)という人が今年死去した。
ユングに東洋思想を教えたリヒャルト・ヴィルヘルムなんかを専門にしていたが、小堀桂一郎と親しく、保守的な日本の教育家についての本なども出していた。私は面識があるかどうか分からない。大勢集まるような時にいたのかもしれないが、認識したことがないし、授業に出たこともない。
私が『東大駒場学派物語』(2009)というのを出したあと、平川さんとはずいぶんあれこれと封書でのやりとりがあって、結局粕谷一希との対談で誹謗中傷する結果になったわけだが、それ以外にも吉田和久とか、保守の人からあれこれ言われた。その二年後に出た『比較文学研究』という東大比較文学会の雑誌の「巻頭言 解釈と批評」というのを新田氏が書いていて、最近出た本というのを、題名も著者もあげずに非難しているのが、一見して私のその本としか思えなかったので、私は抗議文を送った。批判したいなら堂々と題名をあげたらどうかという趣旨である。
すると返事が来て、あれはあなたの本ではないという。それで当該書を送ったら、読んだらしく、なるほどこれではこの本のことだと思うのも無理はない、と書いてあった。それで終わりになったと思うが、この雑誌を見た人の中には、新田氏が批判していたのが私の著書だと思い込んでいる人もいるかもしれない。だから、相手の名前や題名を隠して批判するのは、匿名批判と同じでやめるべきなのである。
(小谷野敦)