「アイラブユー」と「我愛迩」

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先日読んだ小説に、「ラブ」は西洋のものだから、西洋人は「アイラブユー」とか平気で言うが日本人は恥ずかしくて言えない、というような会話が出てきた。私は眉をひそめたが、こういうのはたいてい「恋愛輸入品説」と結びついているからだ。恋愛などというのは「ダフニスとクロエ」にもあれば「万葉集」にもあり、12世紀の宮廷風恋愛が起源だなどという昔の説は、ドロンケの「ヨーロッパ中世の歌」で否定されている。

 しかし近代になって男女が「アイラブユー」という文化を作ったのは確かに西洋人ではあるが、それがキリスト教から来ているなどと伊藤整あたりが言ったのも間違いで、新約聖書の「ロマ人への手紙」でイエスは子孫繁栄のためにしぶしぶ結婚やセックスを認めているが、それ以外の恋愛は認めていない。

 日本人は、恋人同士なら「愛している」くらい言うが、夫婦になって十年もたったらそんなことは言わないが、西洋人は言うらしい。しかし、それも本当かどうかよく調べたほうがいいので、たまたま観察者が仲のいい夫婦を観ただけとか、映画の中だけの建前とかいうこともある。

 私はむしろ、日本以外のアジア人について調べるのがいいと思い、中国に詳しい人に訊いてみたが、どうもまったく要領を得ない返事であった。地域によっても世代によっても違うし、張競さんのような専門家といえど、すでに中国を離れて40年もたっているから、実態は分からないだろう。とにかく「ラブ」は西洋のものだから西洋人は、とか、日本人は恥ずかしくてとかいう一般論は眉ツバものである。

小谷野敦