2023-01-01から1年間の記事一覧

橋本恭子『『華麗島文学志』とその時代ー比較文学者島田謹二の台湾体験』感想

ちょっと機縁があったので近所の図書館にはなかったが北区図書館から取り寄せてざっとななめ読みした。著者は生年が書いていないが恐らく私より年上で、これは一橋大学の2010年の博士論文で2012年刊行だから著者は50歳を超えていただろう。実にものすごい量…

微温化され中産階級向きにされる大江健三郎

9月13日の昼過ぎ、今日都内のホテルで、大江健三郎のお別れの会が開かれたというニュースをX上で見た時、あっ私は呼ばれなかったんだという悲哀が突き上げてきた。衝撃を受けつつあちこち調べてみると、大江についての本を書いた榎本正樹は呼ばれたが行かな…

「蒼ざめた馬をみよ」その後

「ざめた馬をみよ」文春文庫解説は山内亮史(社会学者)で、五木が好きだというエセーニンが自殺した時マヤコフスキーが文章を書いた、そのマヤコフスキーが 死んだ時パステルナークが駆け付けたという逸話を記して作品にはまるで触れないものだった。駒尺喜…

「だれのものでもないチェレ」を観る

これはハンガリーの1976年の映画で、78年に岩波ホールで上映されているから、その時の新聞評や広告で題名が記憶に残っていたか、「キネマ旬報」では79年に18位になっている。 いきなり、東欧の農村に全裸の6歳くらいの女児が牛を追っている場面から始まる。…

音楽には物語がある(57)かもめのイメージ 「中央公論」9月号

NHKでやっていた「土曜ドラマ」の「松本清張シリーズ」の一つとして1977年に放送された「たずね人」は、実は松本の原作はなく、早坂暁のオリジナル脚本だった。筋は、戦争中にインドネシアに駐屯していた日本人兵士と現地人女性との間に女の子が生まれ、成長…

笙野頼子「発禁小説集」を読む

「群像」から追い出された笙野頼子が鳥影社から出した「発禁小説集」を読んだのだが、中にはトランスジェンダーとは関係ないのも、それは少ししか書いてないのもあった。質屋へ行く話が痛々しかったが、宝石とか時計を入れているので、ああそうか質屋という…

外国語学習伝(終)

飛行機の席は、奨学金を出したカナダ政府でとったものだったか、詳しいことは忘れたが、禁煙席だった。私は当時はまだ耐えられたから、寝る時間になって暗くなった時にこっそり一服しただけだった。 留学生を空港で待っていて大学まで案内してくれるサービス…

外国語学習伝(4)

私の本と同じころに、女性のインタビュアーが、若手の女性学者にインタビューしたのをまとめた本が出ていて、それに吉川玲子さんも出ていたので、本屋で清滝にそれを見せたら、悲しそうな顔をして、 「吉川さん、かわいいよ、ストーカーがついたってのも分か…

外国語学習伝(3)

私はそのことは誰にも秘密にしていたから、清滝にだけ話していたことになる。要するに、あちらの「好意」に甘えていたのである。清滝はまだECCと関係していて、キャシーとも話すことがあったようだが、キャシーに私のことを話したら、「彼はあなたを利用して…

外国語学習伝(2)

かくして私は無事に大学院へ入ったが、アテネ・フランセ通いは続けていて、四月からは、百地歌子先生という三十歳くらいの女の先生の、フランス語会話のクラスに参加した。それまで私はひたすら読解のためだけにフランス語をやっていたので、当初発音がひど…

外国語学習伝(1) 小谷野敦

私が大学に入った時、第二外国語として選んだのはドイツ語だった。当時私は、本来の志望だった文学研究からちょっと逸れて、オペラ研究をしたいなどと、楽器もろくにできないのに無茶なことを考えており、オペラの本場といえばイタリアだが、当時はまだ第二…

平野謙「新生論」を読む

1946年に二回にわたって『近代文学』に発表され、平野謙の出世作となった「新生論」つまり島崎藤村の『新生』を論じたものが岩波現代文庫『島崎藤村』に入っていたのを読んだ。今ごろ読むのもおかしなものだが、その後の研究もあったから読んでいなかった。…

何年あればいいんですか?

私が若いころの新聞記事で、記者が書いた短いものだが、さる東大教授(匿名)が、大学内部の腐敗を嘆いているという、まあよくある記事であった。ところがその最後に、「しかしこの教授も、あと二年で定年を迎えるという」とあり、だから改革はできないとい…

五木寛之の謎

佐藤浩市が主演した「青春の門」(1981)を観ていなかったので観てみたが、想像を絶するつまらなさだった。話はあらかた知っているし、古風なマッチョ趣味の映画で気色悪いことこの上ない。映画化が「自立篇」で止まってしまうというのも当然である。シリー…

複雑な事情

小学校教育に関する書籍をアマゾンで見たらこんな「正誤表」がついていた。複雑な事情を感じさせる。 [正誤表]2020/07/08本書においては、以下に不適切な個所がございました。お詫びして訂正いたします。「おわりに」において、「『仕掛け学』という言葉の使…

長堂英吉「黄色軍艦」を読む

続けて長堂英吉「黄色軍艦」を読む。1998年『新潮』に一挙掲載された250枚くらいの中編か。平野啓一郎の「日蝕」と同じ年だから編集長は前田速夫だろう。 明治20年代の沖縄が舞台。明治の琉球処分で、独立して薩摩と清国に両属していた琉球は日本領になり、…

長堂英吉(ながどうえいきち)「ランタナの花の咲く頃に」感想

沖縄の作家・長堂英吉が2020年に87歳で死んでいたことに気づいたので、その出世作『ランタナの花の咲く頃に』(新潮社)を読んでみた。これは1990年の新潮新人賞受賞作で、当時長堂は58歳である。のち『黄色(ちいる)軍艦』で、66歳にして芸術選奨新人賞を…

鈴木貞美と大衆文学

前に触れた「石川淳の世界」は、シンポジウムをもとにしたものだが、最後のほうに鈴木貞美が出てきて、例によって、純文学と大衆文学などという区別は不要だと気炎を上げている。私はこの件で十年くらい前に鈴木と論争したことがあるのだが、鈴木はどうも石…

山田詠美の「選評」をめぐって

第169回芥川賞の選評を見ていて、山田詠美・選考委員の「選評」に、気になる一節を見つけた。「このところ何度となく、「芥川賞選考会は、他のジャンルから出て来た候補者には授賞しないと決めたようだ」という当て推量めいた文言を目にしたのだが…いいえ、…

「最後の文人石川淳の世界」(集英社新書)のざっとした感想

「最後の文人石川淳の世界」(集英社新書)を読んでいるが大概何を言っているか分からない。冒頭で田中優子が、戦後石川は、天皇制を廃して大統領制にする千載一遇のチャンスだったと言ったが今ではほとんどの人が考えないと言っているが田中は考えないのか…

音楽には物語がある(56)坂田晃一の音楽 「中央公論」8月号

春の芸術選奨で、朝の連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」のシナリオを書いた藤本有紀が文部科学大臣賞をとったので、観てみた。私も以前は「ひらり」とか「純と愛」とか「朝ドラ」を続けて観ることはあったのだが、今は毎日15分小刻みに観るのが面倒で…

吉村忠典(ただすけ)「古代ローマ帝国」(岩波新書)

高田康成が名著だと書いていたので、吉村忠典(横浜国立大名誉教授)の「古代ローマ帝国」を借りてきて読み始めたのだが、いきなり「帝国」といっても皇帝がいるとは限らないと書いて、アメリカやソ連を「帝国主義」と言うとか書いてあったのでちょっと頭を…

秋野暢子と「みなしごハッチ」

これはどこかに書いたような気がする。秋野暢子という女優がいる。90年代だったか2000年代だったか、なつかしのアニメを振り返るというテレビ番組を見ていたら、「みなしごハッチ」が出て来た。誰だか忘れたが秋野より若い女優が「ゆっけーゆけーハッチー」…

塩野七生「わが友マキアヴェッリ」を読んだ

ジョン・ポーコックの『マキャヴェリアン・モーメント』が難解で歯が立たなかったので代わりに、抽象的なことは苦手だという塩野七生の『わが友マキアヴェッリ』を読んだ。これは、本のどこを見ても書いてないのだが、『中央公論』に1985年1月から86年12月ま…

「中野好夫論」を途中まで読んで

岡村俊明「中野好夫論」(法政大学出版局)を途中まで読んでやめた。著者は1938年生まれの英文学者で、鳥取大学名誉教授である。 「伝」ではないのかと思ったら、実際「伝」も少しはあるものの、中野の著書や翻訳の解題みたいなものが続くのでやめた。 中野…

馬場あき子と小笠原賢二

2000年ころだったか、私は武蔵野女子大学(現武蔵野大学)の日本文学の専任の公募に出して面接に行ったら、普通そういうことはしてはいけないのに面接に来た人をみな同じ部屋に入れていた。私は隅のテーブルで喫煙していたら、向かいで喫煙していたのが文藝…

高田康成「キケロ」(岩波新書)は名著

高田康成は東大駒場の英語の先生で、専門はチョーサーなのだが、シェイクスピアにも通暁しており、ラテン文学を中心とする碩学で、私が行く前に阪大の言語文化部におられた。航空学校からICUをへて東大大学院へ来た変わり種だが、今では学士院会員である。 …

映画「ラーゲリより愛を込めて」の感想

角川春樹の姉の辺見じゅんのノンフィクション「収容所から届いた遺書」を原作として瀬々敬久が監督したもの。ラーゲリでの11年の抑留の間人々を文芸活動などで励まし続けたインテリ山本幡夫が、ガンのため異国で死んでしまい、家族に宛てて遺書を書くが、ソ…

佐藤眞(元集英社インターナショナル)の正体

かつて私の本の刊行を卑劣なやり方で妨害し、裁判においてもその理由を遂に明らかにしなかったのが、集英社インターナショナルの佐藤眞である。1960年福岡県生まれ、東大文学部国語学科卒、祥伝社、クレスト社をへて集英社インターナショナル、2020年に定年…

映画「検察側の罪人」はいい映画だった。

2018年の日本映画「検察側の罪人」は、雫井脩介原作、原田眞人監督、木村拓哉・二宮和也・吉高由里子主演だが、アマゾンプライムで三点以下と評価が低いから、どうかなと思って観てみたら、検察の裏面を描いた秀作だった。勧善懲悪ではないし、スカっともし…