四点
芸術選奨新人賞受賞作。著者の単著としては二冊目で、年齢は正確には分からないが50歳を超えているだろう。私は芳年の武者絵が好きなので精密に読んで面白かった。
ただ死因を精神病としているが、精神病は死因にならないので、そこは正確には不明
とすべきだったろう。あと最初のほうで、近年まで生きた人物について「平成六年没」などと元号だけで書いているが西暦で書いて欲しかった。また学術論文らしく客観的
な記述を心がけているようだが、250pで久隅守景の「納涼図屏風」の芳年による模倣
に触れたところで「一日の労働を終えて、夕涼みをしながらほっと一息入れて飲む
酒は、今も昔も変らぬ楽しみだが」とあるのは、酒を飲まない人のことを閑却した主
観的描写になっている。また271pに、芳年の画題が「江戸」に生きる市井の人びと
のほぼすべてが、テキストを読まずとも分かる、としているのは、近世庶民のリテラ
シーを高く見積もりすぎではないか。また275p「偐紫田舎源氏」を「幕末」のベスト
セラーとしているが、あれは「幕末」ではない。実際299pで「安政以降の幕末期」と
自分で書いている。また317p、芥川龍之介が芳年の絵を見て眠れなくなったというエ
ピソードを「出典不明」として書いているが、出典不明なら著者はどこで見たのか、
見た場所を書いておかないと探索もできない(これは『太陽』1970年1月号の高橋誠一郎と吉田漱の対談らしい)。338pに、それまで三十余の国(藩)
に別れて暮してきた人々を、とあるが、旧国は三十余だが藩は三百あるので正確に記
すべきだったろう。
しかし、芳年に関するブームが起きたのが三島由紀夫の1968年の文章以来で、それ
がマニエリスムや幻想美術のブームと重なるという指摘は、江戸幻想の始まりに重な
るので面白かった。
(小谷野敦)