2024-01-01から1年間の記事一覧

藤浦敦「三遊亭円朝の遺言」(1996)レビュー

藤浦敦という人は、円朝の友人の藤浦周吉というのが三遊派宗家というのになり、その孫の三代目で、円朝の名を継がせる権限を持っているという。それでこんなタイトルになっている。談志、小さん、小朝がお気に入りでこの三人との対談が入っているが、ほとん…

ウソつき伊藤君

私は猫猫塾を2009年に始めたのだが、初期の生徒に伊藤君という30歳くらいの男子がいた。この人はなんでも一橋大学出身の人物で、家が大金持ちだというのだが、当時、ハタメイコ事件というのがあり、阪大でヨコタ村上孝之にレイプされたと主張する女子院生が…

「小説神髄」と「小説総論」

私は高校二年の時、二葉亭四迷の作品や中村光夫の「二葉亭四迷伝」を読んで、面白く感じたので、逍遙の「小説神髄」や二葉亭の「小説総論」も読みたいと思ったのだが、当時「小説神髄」は岩波文庫で絶版になって久しく、「逍遙選集」でしか読めなかった。そ…

「全国アホ・バカ分布考」の松本修

「探偵!ナイトスクープ」という番組を私が知ったのは、カナダ留学中に立命館の学生らから教えられてのことで、92年の帰国後はほどなく東京でも放送が始まったので観ていて、93年にプロデューサーの松本修の『全国アホ・バカ分布考』が出たのをすぐ買って読…

アポなし突撃

18日水曜の午後6時半、マンション入り口の呼び出しが鳴ったので出たら、知らない男(30代くらい?)が「××といいます。スガ秀実さんの弟子で、小谷野さんと話がしたくてアポなしで来てしまいました」と言うから、狼狽して、いや、そりゃいきなり無理でしょう…

武田勝頼の遺児

さっき、舘ひろしが武田信玄、里見浩太朗の山本勘介、古手川祐子の由布姫、丹波哲郎の武田信虎という、1992年の民放の「風林火山」を観ていて、これは谷崎潤一郎の「盲目物語」の書き換えだなと思ったのだが、私の最後の実家である越谷市瓦曽根の家のそばに…

犬と目があう

30年くらい前じゃないかと思うが、新聞に女性が書いたのか投書したのか、その女性が一人の男性に、「女が電車の中で新聞を読んでいるとどう思う?」と訊いたら、「道を歩いていて、ビルの高いところにいる犬と目があった時の気分だ」と言ったと書いてあって…

新説のある種の運命

サヴォイ・オペラの『ミカド』の翻訳を出した時、倉田喜弘さんの論文を付録にした。「宮さん宮さん」のメロディーは、日本でできたものではなく、サリヴァンが作曲したものが逆輸入されたものではないかというもので、倉田さんは別途、歌詞さえ明治維新当時…

著書訂正「直木賞をとれなかった名作たち」

66P「『悲の器』の主人公はガンで死んでしまうが」→「『悲の器』の主人公の妻はガンで死に、主人公は社会的地位を失うらしいが」

音楽には物語がある(69)「青春」嫌い  「中央公論」9月号

先ごろ、三島由紀夫賞と山本周五郎の選考委員会と、それに続く記者会見を見ていたら、山周賞の受賞作について、選考委員の小川哲が、「青春小説」としても読める、というようなことを言っていて、受賞者もその点について質問されていたので、おや、と思った。…

年上のお兄さんのエッセイ

若い頃、というのは大学生から院生になりたてのころだが、私は鴻上尚史(1958-)、野田秀樹(1955-)、村上龍(1952-)などのエッセイを愛読していた。具体的には『鴻上夕日堂の逆襲』『ミーハー』『すべての男は消耗品である。』などだが、それらは自分…

車谷長吉の変名

車谷長吉『癲狂院日乗』では幾人かの人の名が「よ氏」「り氏」などと変名にされている。この処置は高橋順子氏がやったことである。しかし「も氏」については、翻訳書の題名が書かれているので、すぐ高山芳樹氏であることが分かった。 『文士の魂・文士の生魑…

作家の生理

今年の大河ドラマで、紫式部が「源氏物語」を書いている場面を見ていて、ずいぶん書くのがのろいなと感じていたのだが、あれは吉高由里子が自分で書いていて、吉高は左利きなので、ものすごい訓練をして書いているというから、それでのろいのかと思った。作…

女男爵アメリー・ノトン

ベルギーにアメリー・ノトン(1967- )という作家がいる。女で、幼い頃日本で育ち、日本企業で働いた経験もある。日本ではノートンとされているが、これは英国の作家メアリー・ノートンと間違えたのか、綴りはNothombなのでノトンだということを、比較文学…

永井龍男の災難

私は永井龍男が文化勲章をとるほどの作家かどうか疑わしいと思っている。当時、左翼作家が多くて勲章を辞退した結果、永井に回ってきたのだろう。 その永井が1974年から76年1月まで『小説新潮』に連載した身辺雑記『身辺すごろく』の最後の回を読んでいたら…

『ミカドの肖像』の思い出

猪瀬直樹の『ミカドの肖像』が出たのは1986年の暮れで、私が大学院へ入るちょっと前だったが、4月ころには読んで、大層面白く、友人に電話してぺらぺらしゃべったら、面白いところは全部君に聞いてしまっていたとあとで言われた。 それから三年くらいして、…

相馬正一『続・井伏鱒二の軌跡 改訂版』について

井伏鱒二の『黒い雨』については、資料となった重松静馬の日記を引き写しただけじゃないかという疑惑がかつてあり、豊田清史という人が、井伏の「盗作」だと言ってさんざん攻撃していた。しかし2001年に『重松日記』の現物が筑摩書房から公刊されて、それま…

加地慶子「書きつづけて死ねばいいんですー駒田信二の遺した言葉」

朝日カルチャーセンターで小説教室をやっていた駒田信二に師事した人が書いた本。以前、野島千恵子が書いた『駒田信二の小説教室』を読んだが、それとはだいぶ違う、求道者的でひどく厳しい姿が、著者が記憶していたらしい言葉とともに描かれるが、著者はほ…

ウィリアム・インジ「ピクニック ある夏のロマンス」

ウィリアム・インジは、アメリカの劇作家で、「ピクニック」でピューリッツァー賞をとり、「バス停留所」「帰れいとしのシバ」「草原の輝き」など、映画化された作品も多いが、今では少なくとも日本では忘れられた作家であろうか。 私は映画で観た、アルコー…

福田和也『奇妙な廃墟』の感想

もう20年以上前、福田和也が保守の論客として華々しく活躍していたころに、誰かから、「奇妙な廃墟」だけはいい本だと言われた。私は、いい本なんだろうなと思いつつ、本を買いまでしつつ、今日まで読まずに来たが、とうとう読んで、これを30歳そこそこで書…

クローニンの思い出

アーチーボルド・クローニンという英国作家がいた。かつて、三笠書房の社長だった竹内道之助は、友人の大久保康雄と共訳の体にした『風と共に去りぬ』を自社から刊行していたが、自分ではクローニンの翻訳に身を挺して、おそらく「クローニン全集」を一人で…

大岡昇平の「盗作の証明」

栗原裕一郎が『盗作の文学史』を書いた時の調査で知ったのだろう、論及していた大岡昇平の短編「盗作の証明」を読んだ。1979年に『オール読物』に発表されたものだから、大岡はすでに70歳になる。 25歳くらいの青年・丸井浩が、『新文学』の新人賞に当選した…

「パーマー・エルドリッチの三つの聖痕」の思い出

私は大学時代「児童文学を読む会」にいたが、そこの一学年先輩で、現役だったから年は私と同じ、理系で、のち地方の理系大学の教授になっている糸魚川(仮名)という人が、ある時、P・K・ディックの「パーマー・エルドリッチの三つの聖痕」を読んでやたら興…

ポール・オースターとスミエ・ジョーンズ

私が1989年に博士課程に進学した時、インディアナ大学のスミエ・ジョーンズという近世文学の教授が東大比較に客員研究員で来ていて、よく話をした。 そのころ、ポール・オースターの『鍵のかかった部屋』の翻訳が出て(9月)、わりあいすぐ買って読んだのだ…

青山文平『底惚れ』の感想

元は純文学作家だった著者は、徳川時代についてもよく調べが行き届いているが、言葉遣いが独特で、時代小説というより純文学っぽい。これも、若い大名の妾だった女を送っていく途中で刺された男が、女を捜すために岡場所の楼主をやるという変わった話で、短…

文化大革命を起こしてはならない

ガヤトリ・スピヴァクの「ある学問の死:地球志向の比較文学へ」が翻訳されたのは2004年のことだ。ここで「死」を宣告されているのはもちろん比較文学で、旧来型の比較文学はもうやることがなくなって死んでいるから、今後は「社会正義」のために文学研究は…

音楽には物語がある(68)ツァラトゥストラ再評価  「中央公論」8月号

リヒャルト・シュトラウスの「ツァラトゥストラかく語りき」は、ニーチェの同題の叙事詩からインスピレーションを得て書かれた交響詩だが、特にその冒頭の部分が有名で、スタンリー・キューブリックの映画「2001年宇宙の旅」の冒頭でも、この部分が使われて…

烏丸せつこの時代

烏丸せつこ(1955-)がデビューしたのは私が高校生の時で、高校三年の1980年に『四季・奈津子』、81年に『マノン』で主演した。私が観たのは大学生になってから、テレビでだったが、エロティックで自由な生き方の女を演じて、憧れたものだが、のち『マノン…

私の『三体』歴

私が劉慈欣の『三体』の第一巻を読んだのは2019年の8月で、翻訳が刊行されてすぐのことであった。アマゾンで注文したのだが事故があって届かず、連絡したら届けてくれた。私はさほど期待していなかったのだが、妻が先に読んで、朝起きたら食堂のテーブルの上…

三好徹の不遇と謎

直木賞作家の三好徹(1931-2021)は、長命を保ったが、直木賞をとったあと、文学賞には恵まれなかった。特にひどかったのが、奥田英朗が『オリンピックの身代金』で吉川英治文学賞をとったことで、このタイトルの小説はすでに三好が書いていたし、中身も類…