編集者特権と文学賞

文学関係の有力出版社の編集者だった人が、引退とかして本を書くと、お世話になった作家たちが選考委員をする文学賞を貰えるという現象があるのはよく知られている。人物別に一覧にしてみた。

 

半藤一利(1930-2021)文藝春秋漱石先生ぞな、もし」新田次郎賞(1993)「ノモンハンの夏」山本七平賞(98)、「昭和史」毎日出版文化賞(2006)菊池寛賞(2015)

高田宏(1932-2015)(エッソスタンダード「エナジー対話」)「言葉の海へ」大佛次郎賞(1978)「木に会う」読売文学賞(90)

宮脇俊三(1926-2003)中央公論社「殺意の風景」泉鏡花賞(1985)菊池寛賞(99)
石和鷹(1933-97)(「すばる」編集長)「野分酒場」泉鏡花賞(89)「クルー」芸術選奨(95)「地獄は一定すみかぞかし」伊藤整文学賞(97)、
大久保房男(1921-2014)「群像」編集長「海のまつりごと」芸術選奨新人賞(92)
前田速夫(1944- )「新潮」編集長『余多歩き菊池山哉の人と学問』読売文学賞(2005)
松家仁之(1958- )「考える人」編集長「火山のふもとで」読売文学賞(2013)「光の犬」芸術選奨河合隼雄物語賞(2013)
湯川豊(1938- )「文學界」編集長「須賀敦子を読む」読売文学賞(2010)
平山周吉(1952- )「文學界」「諸君!」編集長「江藤淳は甦える」小林秀雄賞(2019)「満洲国グランドホテル」司馬遼太郎賞(2022)「小津安二郎大佛次郎賞(2023)
尾崎真理子(1959- )読売新聞記者『ひみつの王国 評伝石井桃子芸術選奨新田次郎文学賞(2015)「大江健三郎の「義」」読売文学賞(2022)

 

 どういうわけか、芸術選奨読売文学賞がやたら多いではないか。

 差し障りのない物故者で言うと、石和鷹はものすごく小説が下手で、編集者でなかったらこれらのどの賞もとれなかったろう。大久保房男もそれに近い。高田宏は割と評判はいいが、「言葉の海へ」なんて、薄いし、普通なら重厚なものがもらう大佛次郎賞なんかとれるものではない。

 そういう事例から見ると、「江藤淳は甦える」は細かいこと、江藤淳の恥辱ともいえることまで調べぬいて書いた立派なもので、編集者特権ではない感じすらする。もっともそのあと続けて賞取り過ぎである。

 半藤一利などは、もはや編集者特権などとは無縁の、単に元編集者の文筆家だと言うしかあるまい。宮脇俊三は『殺意の風景』が惜しい。

小谷野敦