著者はレバノン出身で、1958年生まれ。76年に戦火のレバノンを出国し、神戸のカナディアン・スクールで梅若猶彦と知り合い、のちに結婚した人で、姉も日本人と結婚して評論家の石黒マリーローズ。原文は英語らしく、竹内要江が訳している。
内容はまあ、途中でやめることはない程度には面白いのだが、ある感慨があったのは、梅若が新作能を上演すると、常陸宮とか清子内親王とか明仁天皇とか皇族が観に来るということが多く、それらには最高敬語が使われており、明仁にいたっては「明仁天皇陛下」とあったことで、これはもしかすると翻訳した竹内が書き足したものかもしれないが、風刺の意図なく「天皇陛下」なんて書いてある本が岩波から出るほど日本社会は右傾してしまったのだなあ、と思ったということである。「明仁天皇」で良かったと思うんだがね。
(小谷野敦)