乗代雄介の「本物の読書家」(『群像』九月)は、川端康成の「片腕」を代作したという大叔父を、茨城県高萩の老人ホームへ入れるために、読書家の若者が常磐線で連れて行く途中、車内で奇妙な男に遭遇するという話でまあまあ面白かったが、フォークナーなどの引用が多くてそれは余計な気がした。
 なお私は茨城県出身だが、水戸へ行ったことはない。ただし大洗海岸へ行ったことがあるから、通り過ぎたことはあるかもしれない。
 乗代氏が茨城県と何か関係があるのかどうか知らないが、作中に、その奇妙な男が取り出したシャーウッド・アンダソンの『黒い笑い』で、びっしり顎髭が貼り付けてあるという箇所があり、ああそういうことはあるのかと思った。私が図書館で借りる本にも、ときどき見開きに一か所だけ
鼻毛だかヒゲだかが貼り付けてあるのがあるが、これは漱石の「猫」から来ているのだろうか。
 その作中、志賀直哉と川端が太宰の悪口を『文藝春秋』で言ったとあるが、これは鎌倉文庫の『社会』である。
http://d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/20120724
 また川端の初恋の相手・伊藤初代が「非常」の手紙をよこして川端が振られた件について、2014年に川端の手紙が出てきたが、乗代はこの年、初代が強姦された事実関係が明らかにされたと書いているが、そういうことはない。西芳寺に滞在していた初代が僧に犯されたというのは当時の川端の日記にあるが、伝聞らしく詳細は不明だし、初代はそのあと川端に「あなたを恨みます」という手紙を書いており、この理由も分からない。