歌舞伎の「勧進帳」は能の「安宅」を書き替えたものである。だから、中身はほとんど同じだと私は思っていた。ところが橋本治の『完本時代劇チャンバラ講座』(1986)を読んでいたら、「安宅」には、弁慶が義経を叩いたあとの「こは先達の荒けなし」から「判官どのにもなき人を」までがなく、山伏が暴力的に通ろうとするので、富樫は恐れて通す、と書いてあった。
私ははっとした。三年前、詩人の阿部日奈子さんから書評エッセイ集『野の書物』(インスクリプト)をいただいた時、「安宅」では弁慶一行は暴力で通るが、「勧進帳」では腹芸で通して貰う、と書いてあったのを、二つは同じものではないかと指摘して、納得してもらったことがあるからだ。つまり阿部さんが正しかったことになるので、今あわてて葉書を書いてお詫びして投函したところである。
だが、そのあと、「安宅」でも「勧進帳」でも、富樫は弁慶一行を呼び戻して酒宴をする。橋本はここでも、能と歌舞伎、中世と近世の違いを論じているが、ここはかなり分かりにくい。山伏というのが中世においては恐ろしい存在だったが、近世にその感覚はない、と言うのだが、せっかく知らぬふりして通した弁慶一行をもう一度呼び戻すというのは、弁慶一行だって嫌だろうと私は前から思っている。
そこで元に話を戻すと、「安宅」では山伏が暴力で通ろうとしたという解釈も、それだとこれまでの勧進帳読み上げも義経打擲も、何のためだか分からなくなってしまう。歌舞伎の「勧進帳」も、富樫が欺されたという解釈と、分かって逃がしたという解釈とがありうるので、ここは「諸説あります」的にまとめるしかないんではないかという気もしてくる。
(小谷野敦)