中国の恋のうた――『詩経』から李商隠まで (岩波セミナーブックス ) 川合康三・アマゾンレビュー   

男の片思いはやはりないか星3つ 、2021/11/25岩波のセミナーで語った内容なのでですます調。まえがきで、丸谷才一の『恋と女の日本文学』を名著としているがそれは疑問だが、丸谷が推して読売文学賞をとった張競の『恋の中国文明史』が無視されているのは意…

統計学のサンプル数と文系知識人に時々ある傾向

私が若いころ、選挙の日に八時を過ぎると刻々と当落が伝えられていたのが、八時になるといきなり多量に当落の予想が出るようになった。出口調査の結果だが、これで選挙速報が面白くなくなったと言う人が多かった。 また、その程度のサンプル数でなんで分かる…

少年マンガと少女マンガ

「少年マンガに比べて少女マンガの批評が少ない」と書いた人に対して、「少女マンガのほうが批評が多いだろう」という声があがっている。確かに橋本治のとか、少女マンガは論じられているようには思えるが、手塚とか石ノ森、永井豪、白戸三平、水木しげる、…

「親にはナイショで・・・」の思い出

「親にはナイショで・・・」は1986年1月から3月までTBSで放送されていたドラマで、私は途中から観ていた。当時秋葉原はまだオタクの聖地ではなく、その電気店の店長をしているのが原田芳雄で、その妻が星由里子、これが花登筐が死んだあとだったので目が覚め…

マルグリット・デュラスと小児性愛

マルグリット・デュラスの『愛人(ラマン)』がゴンクール賞をとり、日本でもベストセラーになったのは1985年のことで、ほどなく映画化もされヒットした。デュラスは私小説作家ではないが、自分が14歳のころインドシナでシナ人富豪にカネで買われていた経験…

『谷崎潤一郎伝』の今昔

私が『谷崎潤一郎伝』を出したのは2006年で、それから15年たって文庫版が出たが、特に大きな加筆訂正はしていない。「シナ」を「中国」にしたのは、近代に限ってのことで、別にそのままでも良かったのだが面倒なので直した。 「松の木蔭」などの新資料を使っ…

田中優子「遊廓と日本人」アマゾンレビュー

小谷野敦 5つ星のうち1.0 変な本 2021年11月14日に日本でレビュー済み 私はかねて田中優子を「江戸幻想派」として批判し、田中の2002年の本『江戸の恋』を徹底批判したこともある(「中庸、ときどきラディカル」)。もともと、近世文化が遊里遊女という奴隷…

「舞踏会へ向かう三人の農夫」をあきらめる

古い『文學界』を整理していたら、2000年の号に、ちょうど柴田元幸の翻訳が出たリチャード・パワーズの『舞踏会へ向かう三人の農夫』という長い小説についての座談会が載っていた。柴田、若島正、高橋源一郎、佐藤亜紀によるもので、前のほうを読んだがみな…

「演劇界」の裏側

「演劇界」という月刊誌がある。こんな題名だが歌舞伎雑誌で、戦前からある歴史ある雑誌で、特に難しい雑誌ではないが、専属みたいなライターが何人もいて、松井今朝子などもその出身で、ほかに如月青子とかいる。 私が大学一年の時、この雑誌の「歌舞伎特集…

「分断が進む」って何だ

葉真中顕の、ブラジルの「勝ち組・負け組」抗争を描いた『灼熱』の帯の下のほうに「分断が進む現代に問う、傑作巨編」とある。勝ち組負け組抗争は、ブラジルの日本人コロニーにおける「分断」には違いなかろうが、現代における「分断」とは何ぞや。昨年あた…

滝田文彦と花柳はるみ

90年の夏にバンクーバーへ行って外国人向けの英会話のセミナーに出たら東大三年生の佐野真由子がいた。真由子は帰国後、小谷野さんに会ったと滝田先生に話したら驚いていましたと手紙をよこしたので、私は返事で、滝田先生って滝田文彦?滝田佳子?と書いた…

昔の孤独

私には、テレビがない時代に人がどうやって夜を過ごしていたかは想像するしかない。都会なら近所の寄席へ出かけたりしただろうが田舎ではそれもないから、せいぜい近所で酒を飲むとか将棋を指すとかくらいしかない。 同じように、2000年ころからあとに生まれ…

どっちもつまらん詭弁

平川祐弘が、天皇制を批判する人に、「じゃあ日本が共和制になって小沢一郎が大統領になってもいいのか?」と言うと相手は黙る、などということを書いていた。右翼はだいたいこういう変なことを言うが、日本が共和制になっても大統領はいなくてもいいし、ド…

アメリー・ノトン  「殺人者の健康法」アマゾンレビュー

とても面白い星5つ 、2021/10/31戦後の海外小説は概して面白くないが、これは「ガープの世界」などとともに三本の指に入るくらいの面白さ。登場人物はほぼ二人だが、湾岸戦争を前にした91年、83歳のノーベル賞作家プレテクスタ・タシュが軟骨がんという特殊…

友里千賀子への嫉妬

NHKの「朝の連続テレビ小説」を私が観るようになったのは、小学六年の時の、斎藤こずえの子役が話題になった「鳩子の海」からで、学校で昼食の時に担任の教師がテレビをつけて見せてくれたりした。 翌年から半年一作が原則となり、大竹しのぶの「水色の時」…

坂さんはどこへ

私は大学一年の秋から一年半ほど、綾瀬にある城東学院という塾でアルバイトをしていた。東大生が教えるという触れ込みだったが、先輩に坂さんという理系の東大生がいて、北海道の出身で、高校時代校舎の二階から雪の山の上へ飛び降りたなどというバンカラ話…

「浮名ざんげ」騒動

新聞検索をしていたら、1950年2月24日の「読売」に、北條誠が『小説新潮』二月号に載せた小説「浮名ざんげ」が、伊藤和夫(53)という人が昭和3-4年に『日活画報』に連載し、のち映画化された「浮名ざんげ」と同一題名、内容、主題歌も同じというので告訴…

ピンとこない英文学の話

北村紗衣の『批評の教室』に、ブルワー=リットンの『ポール・クリフォード』の「暗い嵐の夜だった」という書き出しが、英文学史上最悪の書き出しとして有名だ、と書いてある。ただ私にはピンと来なかった。 鴻巣友季子の『謎とき『風と共に去りぬ』』には、…

教えられないことを教える大学

大学では、「学問」という「教えられること」を教えるところではあるが、一部、教えられないことも教えている。人文系の学科において、小説の書き方などを教えているところがあるが、小説の書き方は、基礎は教えられるがそれ以上はやはり才能である、という…

岡田俊之輔氏に答える

早大准教授・英文学の岡田俊之輔氏(1963年生)が「絶對者を戴く文化、戴かぬ文化――諭吉、カーライル、獨歩、他 『WASEDA RILAS JOURNAL』第9號(早稻田大學總合人文科學研究センター、2021年10月)で私の『宗教に関心がなければいけないのか』に触れている…

校閲の苦労と友達

私が大学院生だったころ苦労したことの一つが、英文論文やレジュメのネイティブチェックである。あれはどういうわけか世間から、「友達や知人にやってもらえ」という圧力がかかり、カネを出して業者にやってもらうというシステムが当時はなかった。だが私に…

北村紗衣「批評の教室 ――チョウのように読み、ハチのように書く (ちくま新書) アマゾンレビュー

誰でも批評が書けるわけではない 星2つ 、2021/10/14 174pまで読んだら「初心者向けの本」とあり、私はどう考えても初心者ではないので、読むのが間違いであったと気づいた。佐藤亜紀の『小説のストラテジー』に比べたら驚くほどつまらないが、それではしょ…

「暗夜行路」のヤギ

私は志賀直哉が苦手なのだが、世間には志賀を私小説作家だと思っている人がいて、これは蓮實重彦のせいなのだが、そこから話を訂正しなければならないのも嫌である。むしろ『暗夜行路』が一番いやで、あれは最初の四分の一だけが私小説なだけである。 ものす…

萩尾望都「一度きりの大泉の話」書評「週刊朝日」8月

一九九〇年前後、小学館の少女漫画誌『プチフラワー』に連載されていた萩尾望都の、少年への義理の父による性的虐待を描いた「残酷な神が支配する」を、私はなぜこのようなものを萩尾が長々と連載しているのだろうと、真意をはかりかねる気持ちで読んでいた…

谷沢永一の大学紀要論

日本近代文学者で評論家の谷沢永一・関西大学教授の「アホばか間抜け 大学紀要」は『諸君!』の1980年6月号に載った(「あぶくだま遊戯」所収)。大学紀要がいかにくだらない論文を載せているかという痛罵の論でその後しばらく話題になった。1988年の中沢騒…

世間で人気が高いが私は乗れない映画

凱旋門、望郷、用心棒、隠し砦の三悪人、ゴッドファーザー、仁義なき戦い(その他やくざ美化映画全般)、東京物語(小津映画全般)、理由なき反抗、ジュラシック・パーク、フォレスト・ガンプ、マディソン郡の橋、愛人、ポンヌフの恋人、バグダッド・カフェ…

俳優になりたかった

信じられないかもしれないが、私も一瞬だけ、俳優になりたい、と思ったことがある。高校一年のころである。結果的には、人づきあいが無理だろうといったことで霧消していったが、その時ちょっと悩んだことは、「嫌な人間を演じられるか」ということだった。…

「遊女」という呼称

某所で、明治初年の芸娼妓解放令で、遊女が娼妓になったという記述を見たが、徳川時代の娼婦を「遊女」と呼ぶのは疑問である。横山百合子の「遊女の終焉へ」(「近世史講義」ちくま新書)も疑問だが、遊女はむしろ中世的な用語で、近世においては公文書では…

知らないことは訊けない

私が修士論文を書いた時(1989年)、私はコピー室へ行って、オートシートフィーダを知らなかったため、一枚一枚コピーしていた。半分ほどやったところで事務の人がきて、オートシートフィーダを教えてくれ、「あらー杉田さん(助手)に訊けばよかったのに」…

宮崎芳三と批評

『ちくま』九月号に廣野由美子の「批評とは何か」という文章が載っている。ちくま新書の新刊、北村紗衣の『批評の教室』の宣伝文である。廣野は京大人間環境学の教授で19世紀英国小説が専門だ。冒頭、廣野が修士課程を終える時に定年退官した指導教授のM先生…