大岡昇平『コルシカ紀行』

私は大岡昇平が好きなので、もう30年くらい前に、何か一冊書こうかと思ったが、『武蔵野夫人』が面白くないし、『花影』も、高見順が言った通り、大岡の家庭で起きたこととかを省いているため肝心のところがない。それに『レイテ戦記』を読んでいない。戦記ものが苦手なので、それで大岡について書くのも無理があろうし、だいたい大岡昇平について一冊書いても、商業的に出してくれるところなどない(か、無印税になる)。

 今度『コルシカ紀行』(中公新書、1972)というのを読んでみた。私は日本に、プロスペル・メリメについての本が一冊もないのをひどいと思って、英語の伝記を見ながら書こうかと思ったこともあるが、それはいくら何でもだし、これも売れないから出してもらえないのでやらない。大岡にはメリメについて書いた短編を集めた『凍った炎』というのがあるが、これが日本では唯一メリメについて書かれた本といえるかもしれない。さてコルシカ紀行というのは、71年に62歳になる大岡がヘルシンキで講演をしたあと、ドイツ、フランスなどヨーロッパに五週間滞在した時の紀行だが、ヘルシンキで足を痛めて、こむら返りが頻繁に起こるようになり、満足な紀行はできなかったが、『海』にナポレオンのことなどを含めた紀行文を連載し、別途『海』に載せた「島」というコルシカ素描を合わせたもので、本としての出来は良くない。

 しかし後半、特にコルシカ島とは関係ないサン・テグジュペリの話になると、ジュール・ロアの『サン・テグジュペリの愛と死』の翻訳を読みながら、筆が飛躍し始める。大岡は大人向けのサン・テグジュペリを愛読していたが、戦後「児童文学研究家を称する皇太子妃が」『小さな王子』(星の王子)のことを言うと50年代後半の日本で流行った、と書いたり、サン・テクスが自分が書いたものによって戦場へ赴き死んだ若者がいるのではないかと書いたのを、サンに職業的物書きとしての意識がなかったからで、職業作家は自分の書いたものに責任をとらないものだと痛烈な皮肉を書いたりしている。

 この時あたかも天皇が欧米訪問をしており、ニクソンと対談しているのだが、投石する者がいたとかで大岡が「何という国辱。天皇を外へ出すべきではない」としているのは、やはり大岡の天皇に対する態度が両義的であるのを感ぜざるをえない。

 また『人間の土地』はむしろ随筆なのだが、フランス・アカデミーはこれを小説と認めて小説大賞を授与した、と書いて「小説は本格小説でなければならないとか、私小説は日本独特の随筆であるとか、堅苦しいことをいっていたのは、日本の文壇とアメリカの大学の創作科の教師だけだった」とあるのは、アメリカの大学でそういう現象があったのかと(大岡はこれより前にアメリカに留学している)はっとさせられるものがあった。

小谷野敦