大岡昇平の「盗作の証明」

栗原裕一郎が『盗作の文学史』を書いた時の調査で知ったのだろう、論及していた大岡昇平の短編「盗作の証明」を読んだ。1979年に『オール読物』に発表されたものだから、大岡はすでに70歳になる。

 25歳くらいの青年・丸井浩が、『新文学』の新人賞に当選した。この作品は年上の愛人・理恵が協力して出来たもので、学生運動について書かれたものだが、発表されると、一カ所の情景描写が、日本の作家の先行作品の一部と類似しているという指摘がなされた。浩は、自分はその作品は読んでいないと弁明し、『新文学』編集部では、全体に関わることではないとして問題にしないことにしたが、海野という大学教授でもある文藝評論家が割としつこくこれを追究し、浩は藪の中で首を吊って死んでしまう。

 そこから、恋人だった理恵(美しい女)が丸山町の立ちんぼに扮して、松濤の自宅へ帰る海野を待ち伏せし、ラブホテルへ連れ込んで絞殺するという展開になる。海野は40代半ばであった。しかし海野の遺稿を調べていると、海野は二つの作品に共通の元ネタがあることに気づいていて、それがカミュの『ペスト』で、浩の作品のほうはずっと以前に読んだ理恵の記憶の中にあったのだろう。この遺稿が発表されると、理恵は海野を殺したのは早計であったとし、自分は同じ藪で自殺すると書いた手記を『新文学』編集部に送付し、その通りにした。

 色々な盗作事件を想起させる内容だが、海野が丸山町の立ちんぼに引っかかるあたりはありえない感じがして、大岡としては衰弱した小説だが、大岡は「純文学論争」なんかやった割には中間小説誌に結構書いている。それでも成城に住んでいたんだからカネはあったほうだろう。

小谷野敦