神谷光信さんから「荒川洋治小論ー現代詩・大衆・天皇」を送って貰った。短い評論で『季報唯物論研究』に載ったものだ。しかし神谷さんは文化庁に勤めていた人で、『村松剛』などを書く保守派の人である。
荒川洋治(1949- )は私が院生になったころ、岩波書店の『へるめす』に「急げ!全集」というエッセイを書いていて、荒川は自分の全集をいずれ出したいが、それは活版印刷で出したいが、今オフセットに押されて活版はそのうち廃れるから急がないと、というもので、面白い人だなと思った。当時から、「詩人」ではなく「現代詩作家」と名のっていたように記憶する。
次に荒川洋治の名を決定的に脳に刻みつけたのは、94年の詩集『抗夫トッチルは電気を灯けた』の「朝日新聞」の、加藤典洋による書評で、宮沢賢治研究がばかに多い、と宮沢賢治の人気を批判した詩が引用されていて、宮沢賢治を胡散臭く思っていた私は喜んで詩集すら買ってしまった。私が生の詩集(昔の詩人の詩集ではなく)を買うのは珍しいことだった。
同じ年に私は阪大に勤め始めたのだが、前年から大阪の帝塚山学院大学の講師をしていた中村和恵は、大阪文学学校で荒川に教わって詩集を出したりしていたから、中村からも荒川の話を聞き、翌年だったか古書店で新潮文庫のエッセイ集『ボクのマンスリー・ショック』を買ったら、ストリップを観に行ってあそこがピカピカ光ってきれいだ、わーい、などと書いてあったのでますます好感を持った。
99年に私は阪大を辞めて東京へ戻ったが、そのころ「朝日新聞」の「ウォッチ文芸」で荒川のエッセイ集を取り上げたことがあり、『夜のある町で』だったか、以後著書を送ってもらえるようになった。
あとで筑摩書房の山野浩一さんから、荒川はある時期から賞をとるようになったという話を聞いたが、私はきっと異端の人なんだろうと思っていた。
2005年に、「産経新聞」に連載していた文藝時評をまとめた『文藝時評という感想』で小林秀雄賞をとったが、これは大江健三郎や笙野頼子を批判していたりして、選考委員の加藤典洋から、朝日や読売ではできないと言われたということを読んだ。その時、ああ、産経だから大江を批判したんだな、ということと、笙野を批判していてなぜ罵倒されないんだろうと思ったのと、加藤典洋とは仲がいいらしいな、ということを思った。賞というのは、八割方は政治と人脈でもらうものである。複数の人から、荒川はああ見えて政治家だ、という話も聞いた。
今度の神谷さんの論考で知ったのだが、『文藝年鑑 2005』の「詩壇概観」で荒川は、詩壇は小田久郎がやっている思潮社の『現代詩手帖』によって覇権を握られている、として、城戸朱里と野村喜和夫を批判したという(もとはイニシャルになっていて、私には誰のことかとんと分からなかった)。
荒川は最初、平出隆、河野道代と一緒に詩の仕事を始めたというが、のちこの二人とは決裂したようで、平出と河野は結婚した。2004年、平出は伝記『伊良子清白』で芸術選奨文部科学大臣賞と藤村記念歴程賞を受賞したが、荒川は、伊良子清白はわざわざ称揚するほどの詩人ではない、とこの著作を批判した。さらに2008年、前に書いた通り河野道代が読売文学賞を受賞したが、その時の選考委員が平出で、平出はそ知らぬ顔で妻の詩集を推薦し、他の選考委員は平出の妻であることも知らなかったらしい。これを私が『週刊朝日』で批判した。すると筑摩の山野さんから、荒川さんが話したがっているから太宰治賞の授賞式に来てくれないかと言われた。荒川はその年から、加藤典洋に呼ばれたのか太宰賞の選考委員になっていた。それで行くと、別室の喫煙所でスパスパ喫煙しながら、あの読売文学賞はおかしい、というような話をした。平出は翌年、選考委員をやめた。自分の配偶者に受賞した選考委員と、『土偶を読む』を推した選考委員は、翌年辞任するらしい。
荒川は禁煙ファシズム批判もしていて、その頃出た詩集『実視連星』で、健康増進法をファシズムだと書いていて、私は『中央公論』の書評で取り上げて絶賛した。
2017年から、荒川は愛知淑徳大の教授になった。学長は島田修三という歌人で、島田修二とは関係ないが、2011年から今日まで13年も学長をやっている。小池昌代さんが盗作のあらぬ疑いをかけられた時、島田は疑いをかけた側に荷担したことがある。そのへんから、荒川は変わってきた。大学は2017年に辞めたらしいが、2019年に藝術院賞を受賞し、藝術院会員になって天皇の前で自作を解説したという。私はふと荒川の新作エッセイ集『過去をもつ人』(毎日出版文化賞)を読んでみたら、昔のような面白さはどこかへ雲散霧消していた。以後は大岡信賞などをとって重鎮になっている。
だが、荒川がもともと「産経新聞」の文藝時評をやったり、『諸君!』にエッセイを連載したりしていたことを思えば、単に元からそういう人だったのだと考えるべきだろう。しかし詩壇というのも魑魅魍魎跋扈する世界だなあ。
(小谷野敦)