「金のないのは首のない」と「恋飛脚大和往来」

杉並図書館へ出したレファレンスの回答です。

 

質問内容:浄瑠璃「恋飛脚大和往来」に「男のカネのないのは首がないのと同じ」というセリフがあるようですが、もとの原典にはありません。いつ入ったものでしょうか

回答:年末年始の休館を挟みました関係で、ご回答が遅くなり誠に申し訳ございません。
まず、「恋飛脚大和往来」について確認いたしましたところ、
以下のような経緯によって成立した歌舞伎の題目であることがわかりました。

・正徳元年:近松門左衛門浄瑠璃「冥途の飛脚」として書き下ろす。
・正徳3年:紀海音によって「傾城三度笠」に改作・上演される。
・安永2年:菅専助によって「けいせい恋飛脚」に改作・上演される。
・その後、歌舞伎「恋飛脚大和往来」となる(初演は不明、最古の記録は宝暦7年)。
(参考:『日本戯曲全集 第9巻』(渥美清太郎/編纂、春陽堂、1928年、912ニ)巻末解説、
    『歌舞伎名作選 第3巻』(戸板 康二/編纂解説、創元社、1956年、774ト)巻末解説)

また、インターネット上の劇評などを参照するかぎり、
「男の金のないのは首がないのと同じ」という台詞は、「封印切」という段で
八右衛門という登場人物が主役の忠兵衛に対して発するののしり言葉のようです。
以上のことを踏まえ、当館の蔵書およびデータベースから次の資料を参照しましたが、
いずれの資料でも当該の台詞を確認することはできませんでした。

【「冥途の飛脚」が収録されている資料】
・『曽根崎心中・冥途の飛脚』(近松 門左衛門/作、岩波書店、1977年、BYチ)
・『現代語訳曾根崎心中』(近松 門左衛門/著、河出書房新社、2008年、BGチ)

【「傾城三度笠」が収録されている資料】
・『日本古典文学全集 45』(小学館、1971年、918ニ)

【「けいせい恋飛脚」が収録されている資料】
・『菅専助全集 第3巻』(菅 専助/[著]、勉誠社、1992年、768ス)

【「恋飛脚大和往来」が収録されている資料】
・『日本戯曲全集 第9巻』(渥美清太郎/編纂、春陽堂、1928年、912ニ)
・『歌舞伎名作選 第3巻』(戸板 康二/編纂解説、創元社、1956年、774ト)
・『世話狂言傑作集 第1巻』(河竹繁俊 等/編、春陽堂、1925年
 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/982147)
→こちらは「国立国会図書館デジタルコレクション」の図書館送信対象資料で、
 中央、永福、宮前、方南図書館の端末でのみ閲覧いただけます。
・「JAPAN SEARCH」(https://jpsearch.go.jp/)
→こちらは国内のデジタルアーカイブを横断的に検索できるサイトで、
「恋飛脚」「封印切」等のキーワードで調査いたしました。
 ただし、古典籍類等、解読が必要なものについては当館では精査できておりませんので、
 もしよろしければ直接検索の上、ご確認いただければと思います。

また、ことわざ・慣用句の辞典類を調べますと、以下の情報がありました。
このことから、これは浄瑠璃や歌舞伎における完全な創作ではなく、
ことわざ・慣用句としてもともと存在していた表現を
台詞の一部として取り入れたものであったという可能性も考えられます。

・『故事俗信ことわざ大辞典』(北村 孝一/監修、小学館、2012年、R813.4コ)
→P.326に「金の無いは首の無いに劣る」という言葉が掲載されています。
 出典は「国字分類諺語(幕末頃)」とあります。
・『新編故事ことわざ辞典』(鈴木 棠三/編著、創拓社、1992年、R813.4ス)
→P.371に「金の無いは首の無いに劣る」という言葉が掲載されています。
 出典はなく、類義語として「金が無ければ首が無いより不自由」が挙げられており、
 これは越中のことわざとされています。

なお、前述の「国立国会図書館デジタルコレクション」に収録されている
『延若芸話』(実川延若/述、誠光社、1946年
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2518388 ※図書館送信対象資料)によりますと、
「封印切」の忠兵衛と八右衛門の口喧嘩の台詞は
「口立て」(決まった台詞のない即興芝居)と言われるもので、
上演するたびに変化するという情報がありました。
このため、慣行としてはこの台詞が用いられていても、
いわゆる定本として刊行されている資料には必ずしも記述がない可能性があります。
そうなると、歌舞伎の個別の台本や上演記録類を
さらに詳細に調査していく必要が出てまいりますが、
この場合、以下のような機関にレファレンスを依頼すると効率的かと思われます。
よろしければ、ご検討ください。

・「伝統芸能情報館 図書閲覧室」
(https://www.ntj.jac.go.jp/tradition.html)
・「松竹大谷図書館」
(https://www.shochiku.co.jp/shochiku-otani-toshokan/index.html)
・「早稲田大学演劇博物館」
(https://www.waseda.jp/enpaku/)

以上、ご参考になりましたら幸いです。