一ヶ月ほど前に、フランク・キャプラが1961年に撮った映画「ポケット一杯の幸福」というのを観たのは、ピーター・フォークがこれで助演男優賞をとったと、菊地成孔さんから送って貰った「刑事コロンボ研究」で読んだからだが、これはキャプラが戦前に撮った「一日だけの淑女」のリメイクだという。
ブロードウェイでリンゴ売りをして糊口をしのいでいる貧しい老婆が、娘がスペインにいて文通しているんだが、自分は金持ちの妻だと偽っていて、そのために高級ホテルに住んでいると偽り、ホテル宛に届く手紙をくすねているという不自然な設定に始まって、その娘がスペインの貴族の息子と結婚するというのでニューヨークへ来ることになり、婆が困っていると、裏社会の顔役のデュード・ザ・デュークという、これが映画の主役なんだが、これが手を回して婆を貴婦人に仕立て上げ、仲間たちを警視総監とか副知事とかに扮装させて娘とスペイン貴族を欺して帰すという筋だが、全体に無理が多くて大変つまらなかった。「一日だけの淑女」のほうも観たがさらにひどかった。
だいたいキャプラというのは「スミス都へ行く」と「素晴らしき哉、人生!」で知られている人で、私はこの二つはまあまあ好きなんだが、「素晴らしき」のほうは、阪大で教えていた時英語のテキストにして、読んでいて、そんなに名作か?と疑問を覚えたこともあるし、「スミス」にしても、二度観るほどのものじゃないと思っている。
ところでこれには原作があって、デイモン・ラニヤンという作家の短編「マダム・ザ・ギンプ」というのが、新潮文庫の『ブロードウェイの天使』というのに入っている。私は驚いたのだが、この本は加島祥造の訳で1984年に出ているが、知らなかったのである。84年といえば、私が英文科に進学した年で、当時新潮文庫から出た本なら記憶にあるはずだが、つまりあまりにも話題にならなかったということで、加島によるとO・ヘンリーのような通俗作家だというのだが、私はO・ヘンリーでさえバカバカしくて耐えられないのに、さらにその下をいく作家ではしょうがないだろうと思いつつ読んだら、娘は幼い頃に妹に預けたとなっていて、いよいよ筋に無理があるのを感じただけであった。
(小谷野敦)