作家の取材と研究

吉村昭が、俳人・尾崎放哉の最晩年を描いた『海も暮れきる』を読んだ。放哉は私の好きな俳人だが、実に凄惨な最期だった。ところでこれは77-79年に講談社の『本』に連載されたもので、吉村は放哉歿後50年くらいで、小豆島へ行って関係者の話を聞いて書いている。

 しかし、小説の形で取材の成果を生かすのは作家として当然のことながら、これだと後代の研究者が使えないという問題が起きてしまう。××の息子である△△さんはこう言った、と書いてあれば使えるのだが、そうではないわけだから。まあ、鷹揚な研究者なら、吉村昭の小説にはこう書いてあり、どこまで本当かは分からない、くらい書くだろうが、小説家と研究者の役割分担の難しいところだ。私は根が学者なので、仮に取材したら小説ではなく伝記にするし、万が一小説にしても、注をつけてどういう取材の結果であったか記しておくだろう。

小谷野敦