私は吉村昭のファンだが、あまりに著書数が多いので、まだ全部は読み切れない。2018年の夏ごろ、図書館から借りてきて大分読んだつもりだが、まだまだである。今回は短編集『法師蝉』を読んだ。1993年7月、新潮社の刊行で、のち文庫になり、森まゆみが解説を書いている。
新潮文庫は昔から、初出を書かない。解説の中で初出が記されることもあるが、これにはなかった。なので調べた。
「海猫」『文藝春秋』1989年1月
「チロリアンハット」『新潮』同
「手鏡」『新潮』1990年1月
「幻」『新潮』1991年1月
「秋の旅」『新潮』1992年1月
「或る町の出来事」『小説新潮』1992年1月
「果実の女」『小説新潮』1992年9月
「法師蝉」『文學界』1992年11月
「銀狐」『新潮』1993年1月
今でも少し名残はあるが、昔は文藝雑誌の一月号は大御所作家の顔見世みたいに短編がずらりと並んだものだ。吉村も89年から93年まで、62歳から66歳まで『新潮』一月号に載せた短編を中心にしているが、総題「法師蝉」を『文學界』掲載のものからとったのは、単にこの題名がいいからだろう。文藝誌に載ったのと、中間小説誌『小説新潮』に載ったもので違いがあるかというと、確かに中間小説誌のほうが派手めな事件が起きてはいるが、さして違わない。
この短編集の主人公は、みな定年を迎えた男で、人生が空虚に感じられたりしており、「秋の旅」などは、昔、歌舞伎役者の市川團蔵が86歳で引退したあと、小豆島からの船から入水自殺した宿屋を一人で訪ねているから、この人も入水するんじゃないかと思った。
若い頃の結核や戦後の様子など、吉村自身をモデルにしているものもあるが、現在の職業は違っている。最後の「銀狐」だけは、主人公が和船研究をしている大学教授なので、まだ定年になっていない。当時は東大の定年が60歳、私立大は65か70歳だった。
しかし吉村自身は、当時はまだまだ人気作家で、『吉村昭自選作品集』全15巻が新潮社から出ているし、『桜田門外ノ変』なども書いている。つまり吉村自身には、もちろん体の衰えは感じられたとしても、普通の勤め人のように、ぽっかりと空白になったりはしていない。その、安全な地点から同年輩の普通の男たちを描いているという、ちょっと嫌な感じも、この短編集にはある。
しかし作家といっても、吉村はえらく精力的な人気作家だからそうなので、作家でも年をとったら小説が出してもらえなくなり索漠たる「定年後」になってしまう人もいる。そういう意味でもちょっと嫌味である。
(小谷野敦)
