新田次郎の愛読者

 新田次郎の長篇『アラスカ物語』というのを読んだ。明治元年に岩手県石巻に生まれた安田恭輔(フランク安田)という男が、アメリカへ渡って船乗りになるが、アラスカに定住してエスキモーとインディアンが雑居するビーバー村を作り大酋長などと呼ばれる話である。新田は1956年に東良三の本でこの男のことを知り、短編にしたがあきたらず、1970年に自身アラスカへ取材に行き、ビーバー村が限界集落になっているのを見て、アラスカ大学の赤祖父俊一を訪ねたというが、当時40歳だった赤祖父は今も95歳で生きている。その後日本で子孫を訪ねて取材し、書き下ろしで74年に刊行した。

 76年に新田原作の映画「八甲田山」が大ヒットしたので、二匹目のドジョウを狙ったのか、77年に北大路欣也主演で「アラスカ物語」も映画化されたのだが、これは当たらなかったらしく、ソフト化もされていない。私はこの小説を読んで、吉村昭に似ているが肌合いが違うと感じたが、吉村の「漂流」も北大路主演で映画化されていて、これは入手に苦労したが観ることができた。「漂流」は吉村がよく書く漂流民もので、最後は船を作って日本へ帰ってくるが、「アラスカ物語」のフランク安田は、太平洋戦争中に強制収容所へ入れられるが、結局日本には一度も帰らず、1958年に90歳で死んでいる。そのため、この小説には爽快感がない。

 私は元来、新田次郎という作家が好きではない。登山を描くことが多いが、私は登山に興味がないし、山で死ぬことを美と見なすようなマッチョ趣味が嫌いでもある。新田は『武田信玄』のような歴史小説も書くが、ぎょっとするくらい下手である。

 私の高校時代、二年生になる時にクラス替えがあったが、三年間同じクラスにいた一野というやつが、山岳部にいて、そのせいか新田次郎を愛読していた。この男は数年前に死んだらしいが、私はそのことが何となく分かったので「栃野の世界」という小説に書いておいたが、一貫して激しいいじめに遭っていた。そして、決して善良な人間ではなかった。そのことが私の新田次郎嫌いに少しは影響しているかもしれない。

 あと一人、新田の愛読者がいて、当時浩宮と呼ばれ、今は天皇徳仁になっている人だが、そのことが影響していないとは言い切れない。

(小谷野敦)