どうせ佐藤優は私が何を言っても抗議などしてこないのだろうから、本当のことを言えば、あれはロシヤのスパイである。ただし、日本の外交官として諜報活動もしているから、正確にいえば二重スパイである。
 私は「レザノフ復権への疑問」という文章を書いたことがある(『なぜ悪人を殺してはいけないのか』)。レザノフは、文化年間、日本に開国を求めに来て断られ、腹癒せに部下に命じて樺太南部と択捉島を襲撃させた男である。その後、シベリアで死んだが、皇帝の命令もなしに日本を襲撃したというので、部下たちは処罰された。レザノフもまた悪人扱いされてきたが、その復権が進んでいるという。これをロシヤ文化研究者の中村喜和が好意的に紹介していたので、日本を襲撃した男を礼賛するとはおかしいだろう、と書いたのだが、これはささやかな「ロシヤ派」の策動のひとつである。
 ソ連は解体してロシヤになったが、その本質たる帝国主義的なあり方は、帝政ロシヤの時代から変わっていない。そして今、帝政時代への郷愁がロシヤに復活しつつある。もちろんそれはギリシャ正教も含む。のみならず、マルクス主義への郷愁すらあって、それが渾然一体となっている。
 日本は米国の同盟国だが、もちろんロシヤ派は、日本とロシヤを同盟させたい。なぜなら、そうすればロシヤ語のできるロシヤ派にとって大いなる利益になるからである。たとえば米原万里がそうである。盛んに米国の悪口を言い、申し訳程度にロシヤのことも言う。あるいは小森陽一がそうである。何しろチェコスロヴァキアで育ってうまく日本語ができなかったルサンチマンがある。そして佐藤である。あるいは沼野充義もそうかもしれず、井上ひさしもそうだろう。この辺になると、旧左翼の、ソ連への幻想と郷愁が入り混じっている。
 ソ連時代から現在にいたるまで、ロシヤの策謀を指摘し続けてきたのは、中川八洋である。中川もまた尊皇家では人後に落ちないが、正直者だから策謀は弄しないので、言っていることは正しい。
 佐藤の言論活動は、日本人にロシヤへの関心を増大させ、来るべき日露同盟への道を敷いているのである。その場合、天皇はかえって、帝政への郷愁をもつロシヤ人にとって都合がいい。ロシヤにしても、日本と同盟できれば、経済的支援がバカにならないから、実はすごくありがたい。そりゃ、日露同盟ができれば、北方領土くらい返すだろう。
 要するにそれだけの話で、佐藤はロシヤに騙されているわけでも何でもないのだよ。まあせいぜい、若者は将来に備えてロシヤ語の勉強でもしておくといいかもしれない。
 (小谷野敦
 今度東京外語大学長になった亀山郁夫ってのもロシヤ派だな。あまり出来の良くない本で大仏次郎賞貰ったのも、井上ひさしの徳か。以前学長をしていた原卓也の娘はキリスト教伝道者になって、無神論者の原卓也が嘆いていたと島田裕己が書いていたのだが(実名は出さず)、実は原夫人というのは福永武彦夫人(池澤夏樹の母じゃないほう)の妹で、福永は夫人の影響で晩年キリスト教徒になっているから、母方の影響、大であろう。
(考へるヒント)
大川周明北畠親房に学び親日保守の基盤を確立せよ(上) / 佐藤 優
月刊日本[2007.1]
山崎行太郎の「月刊・文芸時評」(第33回) / 山崎 行太郎
月刊日本 [2007.1]
大日本者神國也 丸山真男の呪縛から脱却せよ(上) / 佐藤 優
月刊日本 [2007.3]
ミッキー安川のズバリ勝負!(106)外務省の無能を嗤う / ミッキー安川 ; 佐藤 優
月刊日本 [2006.11]
ミッキー安川のズバリ勝負!(103)こんな外務省は潰してしまえ / ミッキー安川 ; 佐藤 優
月刊日本 [2006.8]
ミッキー安川のズバリ勝負!(100)外交は悪人の仕事だ! / ミッキー安川 ; 佐藤 優
月刊日本 [2006.5]
新自由主義に歯止めをかけたライブドア事件国策捜査 / 佐藤 優
月刊日本 [2006.3]
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 佐藤は、大川周明をよく持ち出すが、北一輝はあまり持ち出さない。なぜなら自分が「国体教の山僧」「土人部落の酋長」になっちゃうから。北の乱臣賊子論に反論できた尊皇家を、少なくとも私は知らない。