河野多恵子の初期短編で「塀の中」というのがある。丹羽文雄主宰の『文学者』に載ったもので、最初の短編集『幼児狩り』に入っていて、文庫にも入っているから驚いた。実に珍なる小説である。戦時中、女子挺身隊か何かで少女たちが働かされているが、そこへ八歳くらいの男児がなぜかまぎれこんできて、少女たちが玩弄している。そのうち、なんでだか知らないが天井まであるくらいの空の酒樽があって、少女たちはその中へ少年を隠す。はしごをかけて底に置いてくる。ところがその酒樽に誰かが水を入れてしまい、少年は溺死してしまう。
という筋だが、なんで酒樽があるのか、水を入れたのは誰で、その人は底に子供がいるのに気づかなかったのかとか、すべてが謎なような小説である。河野の変態性はよく知られているが、少年愛のために無理やりこしらえたような小説である。
(小谷野敦)
