橋詰かすみ『ジュネーヴ共和国騒乱とルソー』アマゾンレビュー

 ルソーについては、フランスで『ルソー関係書簡全集』が50巻も出ていて、これを通読しないとちゃんと研究したとは言えないので素人は口を出しにくいのだが、伝記的に分からないところは、フランスで逮捕令が出て郷里のジュネーヴへ逃れたのに、そこでさんざん迫害され、ついには投石されて英国へ逃げたのはなぜかという点である。著者はこの点を追究し、ジュネーヴにもとからあった、シトワイヤンとブルジョワという上層階級と、ナティフ、アビタンという下層階級の対立を含む政治的対立に焦点を当てる(ただし時々「貴族」という言葉が出てくるがこれが何に当たるのかいまだに分からない)。実際ジュネーブでの内戦に、同じ家から父と息子が別々の党派に属して出陣していくのにルソーが出くわしたという記述もある。スタロバンスキー以後、ルソーの内面に病的なものを見ようとする研究が日本では多いようなのと、『社会契約論』について深読みをする傾向があるが、著者はそのどちらにも偏らず、歴史実証的にジュネーヴとルソーの関係を追っているので大変分かりやすい。もっともジュネーヴという都市は、迫害の時も革命における称揚の時も、単にフランスに追従しているだけなので、情けない話ではある。あとヴォルテールの執拗なルソー攻撃も浮かび上がらせている。今年の収穫といえるだろう。
 ただ著者の紹介文が、現職と博士号取得だけというのはひっかかる。生年と履歴くらい書いてもいいのではないか。

(小谷野敦)