「忠臣蔵」と教養

 NHKのBS-プレミアムでやっていた渡辺邦男の「忠臣蔵」(長谷川一夫、1955)を観たが、わりあいテキパキして良かった。特に私の好きな「南部坂雪の別れ」がよかった。垣見五郎兵衛の話は記憶になかったが、これも講談ネタらしい。

 1975年に「元禄太平記」が放送されたとき私は中学一年だったが、最後の討ち入りで「女子供には手を出すな」と言うのだが、途中で女もののかつぎをかぶって逃げようとする武士を「待て!」と言って止め、討ち果たすシーンがあった。私は「女子供に手を出すなと言ってるのになぜ女を呼び止めるの」と父に訊いた。ところが父は私の言ったことを繰り返して「・・・なぜ呼び止めるんだって?」と言ったまま、母と二人でへらへら笑っているだけだった。「女に化けた男だと見抜いたから」だと言えばいいのが、分からないか、分かっても言語化できなかったらしい。

 のち私が大学生になって歌舞伎を観るようになって分かったのだが、うちの両親は、漠然と「忠臣蔵」は知っていても、歌舞伎のそれのことは全然知らなかったようで、その時はかなり悲しかった。教養なんかなくていい、と私は思えないが、それはこういう経験があるからである。

小谷野敦