長島弘明先生の拙論評

拙著『謎解き「八犬伝」』をお送りした長島弘明先生からメールがあり、94年12月の『国文学:解釈と教材の研究』の「学会時評ー近世」に書いた文章を送ってくださった。「八犬伝の海防思想」についてのものだが、

「小谷野稿は、幕末の時代状況と『八犬伝』を交差させて面白いが、 前提となっている歴史現実と作品内世界の照応の有無は、周到な論証を要する命題で ある。 戯作者が時代状況から孤立しているとはいわぬが、 幕府と朝廷との二重構造といい、対外認識といい、馬琴その人の認識のあり方を慎重 に確かめる必要があり、 また現実における世界観を作品内の世界観にそのまま横すべりさせない程には、 後期読本の虚構性は堅固であるからである。」

 これは記憶にもちろんあったが、私は今日にいたるまで、これは高田衛の論と同じようなものだと考えていたし、結局これについて議論がなされないまま30年を閲し、私としてはこれでよし、と踏み切った結果が今回の書籍である。『新編八犬伝綺想』に二つの論文を載せた段階では、近世文学の論文としては奇想天外な本文の付録扱いだったので、今回はまともなところを改めて述べ直したというていである。

(付記)私の所説を否定するためには、

・上甘利弘世がなぜ神余家の末裔として登場し、それが廃人でなければならなかったのか。

・犬江親兵衛が「水練」だけ戒めのために教えられなかったのはなぜか

・関東の大名間の「私戦」に過ぎない管領大戦で、なぜ里見家が朝廷から褒章を受けるのか。

・なぜ伏姫「出産」は豊玉姫を模しているのか。

 などの点が説明されなければならない。

小谷野敦