ベルギーにアメリー・ノトン(1967- )という作家がいる。女で、幼い頃日本で育ち、日本企業で働いた経験もある。日本ではノートンとされているが、これは英国の作家メアリー・ノートンと間違えたのか、綴りはNothombなのでノトンだということを、比較文学会でフランス文学者の先生に教えられた。
この作家の最初の長編『殺人者の健康法』がめっぽう面白かった。私は戦後のフランスの作家が軒並み嫌いなので、戦後フランスの小説ではピカ一というくらい面白かった。日本の企業を描いた『畏れ戦いて』はそれほどでもなかったが、第二作『午後四時の男』も面白かった。これは原題を「カティリーナ弾劾演説」といい、古代ローマのキケロの演説からとっているが、ある土地へ引っ越してきた65歳になる夫婦が、毎日午後四時になると訪問してくる隣人に悩まされるという話である。しかし、ノトンの小説はフランスでもヨーロッパでもベストセラーになっているが、日本ではとんと売れない。もっともフランス人の感覚は特殊なのだが、フランスを苦手とする私にはこれは面白かったという特殊な例になっている。もっともこのノトンは、父からの遺産なのか、貴族であって女男爵(バロネス)だという。私は君主制や貴族制は前近代の遺物だと思っているから、これはちょっと困った。しかしあと二冊翻訳があり、これは「ノトン」になっているし、こちらも読んでみよう。
(小谷野敦)