ウィリアム・インジ「ピクニック ある夏のロマンス」

 ウィリアム・インジは、アメリカの劇作家で、「ピクニック」でピューリッツァー賞をとり、「バス停留所」「帰れいとしのシバ」「草原の輝き」など、映画化された作品も多いが、今では少なくとも日本では忘れられた作家であろうか。

 私は映画で観た、アルコール中毒を描いた「帰れいとしのシバ」が好きだが、「ピクニック」は、若い頃、ウィリアム・ホールデンキム・ノヴァクが主演した映画をテレビで観て、ホールデンのワイシャツを中年女性が意図せず破いてしまう場面しか記憶に残っておらず、さして名作だとは思わなかった。

 今回、原作の戯曲を読んだのだが、これは河出書房の1956年「世界文学全集」の「現代世界戯曲集」に田島博、山下修の翻訳があるが、杉並図書館になかったので目黒区図書館から取り寄せて読んだ。

 アメリカ中西部カンザス州の田舎町に、母と娘姉妹が住んでいて、姉マッジがすごい美人だが頭はからっぽ、妹ミリーは頭が良くて将来は作家かと言われているが見た目はいまいち、というところへ、ハルという顔のいい放浪する男が出現して、ドタバタしたあげく最後はハルがマッジと駆け落ちするというだけの話で、映画では、駆け落ちをためらうマッジをミリーが励ますところが、ううミリーけなげ、というので感動させるところらしいのだが、原作にはそういう場面はなかった。

 原作の解説を見ると、それほど劇的なことの起こる戯曲ではなく、ワイルダーの「わが町」みたいなアメリカ中西部の無名の人々をリアルに描いたというところが評価されたらしいが、今でもアメリカでは評価されているのだろうか。

 インジは同性愛者で、そのことの苦しみから60歳で自殺したという。

小谷野敦