今年の大河ドラマで、紫式部が「源氏物語」を書いている場面を見ていて、ずいぶん書くのがのろいなと感じていたのだが、あれは吉高由里子が自分で書いていて、吉高は左利きなので、ものすごい訓練をして書いているというから、それでのろいのかと思った。作家の生理から言うと、あのスピードで物語を書いていては、興が削がれるのではないかと思うのだが・・・
私が大学生のころ、「児童文学を読む会」というサークルで、SF好きな先輩が、多分英語圏のSF作家が、タイプライターで小説を書いていて、一度だけ手が止まった経験がある、という逸話を、大変大仰に、一度だけだって、みたいに話していたことがあり、私はその時ちょっと、いや、そんなもんだろうと内心では思っていた。私はどっちかというと書くのは早いほうだろうが、ずっと書き続けるというほどの才能はないから自分で経験があるわけではないが、プロの作家なら、まあそのくらいのスピードで書かないと困るくらいに物語は湧き出てくるだろうと思ったのである。
(小谷野敦)