クローニンの思い出

アーチーボルド・クローニンという英国作家がいた。かつて、三笠書房の社長だった竹内道之助は、友人の大久保康雄と共訳の体にした『風と共に去りぬ』を自社から刊行していたが、自分ではクローニンの翻訳に身を挺して、おそらく「クローニン全集」を一人で訳していた。

 今度その『城砦』(シタデル)の新訳が出るそうだが、私は大学院へ入るころ、自分はあまりにも有名な本を読んでいないのではないかという「本ノイローゼ」に罹り、次から次へと狂ったように有名な本を読んだのだが、何しろノイローゼだから変な本も入り込んでいて、クローニンを何か読まなければならないと思い込み、しかも英文科で学んだトラウマから、英語で読まなければと思い込んで、神保町のタトル商会へ行って、その初期作品『帽子屋の城』を探し、店主に「Hatter's Capital」はないですかなどと聞いて、それはなかったから『城砦』を翻訳で読んだのだが、別に戦争の話ではなくて、男女が知り合って結婚し、苦労して幸せをつかむみたいな教養小説だった記憶がある。なんでこんなものを読んだんだろうと思ったものである。