手紙と手記

先日、神保町の読書人でインベカヲリ★さんと対談した時、聴衆の中に、西村賢太の元彼女さんがいて、終わってからサインをする席にしたら手紙を渡された。2013年から2017年ころにつきあっていた、関西の大学を出た女性らしく、名前は書いてあったが連絡先などは分からなかった。やってきた理由というのは、こないだ「読書人」で「蝙蝠か燕か」の書評を書いて、賢太にとって藤澤清造はそれほどの作家とは思えなくなっていたのではないかと書いたのに異議を申し立てるためで、手紙にはいかに賢太が藤澤清造を大事にしていたかが書いてあった。

 だが、それは賢太の文章からでも分かることで、それは一種の個人宗教みたいなものではなかったかと私は考えているので、何より、藤澤清造の全集も伝記も結局は出なかった、伝記にいたってはその下書きくらいあっても良さそうなのに発見されていないという事実が私には疑念を起こさせる。

 渡された封筒はそのことを書いた自筆の手紙に、ワープロで書いた手記二通が入っていたが、やはり激しいDVの果てに別れたようであり、しかし最後に着信があったのは、病院からだろうと書いてあったから、タクシーで倒れて病院へ運ばれてから意識があったのだなということが分かる。(医師か看護婦が連絡しようとしただけだろう)

小谷野敦