今井むつみ・秋田喜美「言語の本質」の感想

発売と同時にアマゾンで13位とかものすごい売れ方をしたので、なんだなんだと思って取り寄せてようやく届いたので読んでみた。年長の今井は発達心理学者で、秋田は言語学者、秋田は私がいた阪大言語文化研究科の講師をしていたことがあり、今は名古屋大准教授だが、私が辞めたあとで来た人だから面識はない。私は生成文法派ーチョムスキー・ピンカー派なので、彼らとは立場が違うだろう、という予見はあった。

 感想を言えば、前半は思った以上に「オノマトペ論」で、世界各地のマイナー言語のオノマトペがあれこれと紹介されて、一般読者はこのへんが面白いだろう。秋田が書いたのだろうが、マイナー言語のオノマトペを二つずつ並べて、どちらがどういう性質か当てさせるクイズが二度出て来た。秋田は、7割以上当たったのではないかと書いていたが、私にはちんぷんかんぷんであった。

 真ん中へんに(107p)、ヘレン・ケラーサリヴァン先生から水を手にかけられ、手のひらにくりかえし「water」と書かれて、ものには名前があることに気づいたという記述があるが、これはケラーが三重苦になる前に「ワーラー」という単語を覚えており、それを思い出したのである。筆者は「ワーラー」とヘレンが叫んだことは書いていないが、あとのほうでもう一度この話が出て来るが(212p)やはりそのことは書かれていない。疑問である。

 「ぱおん」がもともとは象の泣き声のオノマトペだったとしてあるが、これは1970年代の藤子不二雄ジャングル黒べえ」で象がぱおーんと鳴いたのが最初だという説があり、もともと、かどうかは疑わしい。「ルンルン」という擬音語も出てくるが、これは「ペリーヌ物語」(1978)の主題歌で初めて出てきて、「花の子ルンルン」(1979)で広まったもので、古来からの擬音語かのように書くのは疑わしい。

 小学校高学年の生徒が分数を理解していないという話が出てきて、これは記号接地していないからだと言うのだが、これは単なる能力差の問題ではないのか。発達心理学者というのは教育学系なので、子供の脳力差を認めたがらない傾向があるのではないか?

 「ブートストラップ」という理論については、この実験で十分と言えるのか、かなり疑問が残る。むしろ最後に気になったのは、進化について、言語能力の獲得という進化に理由があったかのように記述している点である。進化には原因や理由はない。偶然である、と私は考えている。そこでチョムスキーの、6万年前に人間は突然変異で言語能力を獲得したという説に私は与する。

 この本が売れることで、日本の知識人の、生成文法への無知と進化に関する勘違いが広まらなければいいが、というところである。

小谷野敦