独ソ不可侵条約

 『週刊朝日』に、斎藤美奈子の『本の本』の、中沢孝夫による書評が載っていた。すると最後の方に、「純文学商店街の生存をかけた闘い」についての記述があった。「過去の栄光を忘れられない老人が幅を利かせている」「ただの過疎よりまだ悪い」などと引用されている。
 いやあ、うわははは。書いたのが斎藤美奈子でなければ、笙野頼子が牙を剥いて噛み付きそうな文章だ。上野千鶴子フェミニストだが、笙野の親玉である大庭みな子に批判がましいことを言ったから、「アカデミズムのフェミは嫌いだ」とばかりに攻撃し、荒川洋治のような「詩人」に批判されても許すが、文藝評論家なら自作への批判は許さぬ、だが斎藤美奈子には言えない、斎藤もまた、笙野については論及を避ける(「論争」以後は、私は見たことがないが、見落としているか)という笙野の姑息な独ソ不可侵条約みたいなやり方がよく分かる。もはや笙野の二重基準は、十目の見、十指の指すところと成り果てたな。笙野よ、なぜ斎藤美奈子を批判しないのだ、言えるものなら言ってみよ。(付記:その後書店で立ち読みしたら、斎藤はその後笙野の『ドン・キホーテの論争』に触れていて、本人のブチギレ方が尋常でなく、相手にされなかったのも無理はない、としつつ、『てんたま親知らずどっぺるげんげる』を褒めていた。もっとも『ドン・キホーテの論争』程度で「ブチギレ方が尋常でない」なら、『徹底抗戦! 文士の森』なんか、措置入院ものだよ。それに相手が斎藤でなければ、田中和生に対するみたいに「味方のふりしてもダメだ」とか言い出すに決まっている笙野であろう)

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新潮文庫斎藤孝ドストエフスキーの人間学』は、『過剰な人』の改題で、帯に亀さまの推薦文がついている。アマゾンのレビューで、こんなくだらないものになぜ亀山先生が…とか書いている人がいたけど、亀さまってそういう人でしょ? 佐藤優とも対談本を出しているし、大仏次郎賞をとった『磔のロシア』の内部告発的アマゾンレビューを見たって、誠実な人でないことくらい、分かるだろうに。まあ誠実な人が学長になったりはしないよね。(まあ東大教授が定年後私大の学長に迎えられるのはまた別だが、それでも亀井俊介先生のように、長のつくものはみな断った、というような人が私は好きだな)

 (小谷野敦