将棋に興味がないのでうっちゃっておいたのだが、「児童文学を読む会」の先輩だった伊藤英紀さん(理学部。現役なので年齢は一緒)が何だか有名人になっているので、何か思い出はないかと思ったのだが、何しろ物静かな人なので、あまりない。
するうち、一つ思い出した。確か私が二年生の時、岩波から出ているイリーナ・コルシュノウの『だれが君を殺したのか』の読書会があった。ドイツの少年文学で、クリストフという高校生くらいの少年が、理由なき反抗をして、オートバイ事故か何かで死んでしまう話だ。この中に、今の若者はけしからんというのが古代の石版から見つかったとかいうのが出ていたのだと記憶する。
しかし、クリストフは、何だかやたらと理不尽に「大人社会」に反抗していて、しかもそれが大して理がなく、女友達を妊娠させてしまったりして、あげく死んでしまう。みな、少し変だと思いつつ読書会に臨んだはずである。
ところが、四年生の笠浦友愛さんがものすごい勢いでこの主人公に対して怒っていて、大人社会が悪いんじゃなくてこいつが独善的なだけだ、この邦訳題もおかしい、とか長広舌をふるった。原題は「クリストフのこと」だった。笠浦さんは、クリストフだって大人が悪いんじゃないことくらい分かっていたんだ、とまで言った。
みな、それはちょっと違うんじゃないかなあと思ったが、笠浦さんはカリスマ的な人だったから、この私でさえ、何も言えずにいた。一瞬の沈黙が襲った時、伊藤さん(三年生)がぽつり、と口を開いて、笠浦さんの言うのはちょっと違うんじゃないか、自分でも分かっていた、ってことはないと思います、と言い出したのである。それでやっと、みな自由に口が開けるようになったのだが、およそ、人に逆らうということのない伊藤さんが、笠浦さんに逆らったということが、少なくとも私には、強い印象を残した。
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