佐藤ロスベアグ・ナナ「学問としての翻訳」アマゾンレビュー

2020年8月13日に日本でレビュー済み

比較文学の世界では翻訳研究も盛んで、「翻訳論」を専門の一つにする人もいる。本書でインタビューを受けている井上健さんもその一人である。しかし、私には「翻訳論」という学問があるのかどうか疑問である。著者はあると思っていて、なぜ日本に根付かないのかと書いている。著者の初期の経歴は不明だが、立命館大学西成彦に教わったそうである。本書の最初のほうに、日本で翻訳論を載せて来た雑誌として『英語青年』と『諸君!』があがっており、ぎょっとする。なんで「諸君!」なのか。本書はむしろエッセイ集で、題名にもある二つの雑誌を紹介した本で、著者の感想も差しはさまれている。伊藤比呂美のあとに西成彦のインタビューが載っていて、なんだかおかしい。PC的なところももちろんあって、翻訳は常に可能だというのはグローバリズムだとか言いたいのだろうか、と思った。私は前に「翻訳家列伝」という本を出しているが、まず「日本翻訳家事典」というのを作ったらいいのじゃないかと思う。
「翻訳の世界」に連載されていた別宮貞徳の誤訳批判について、インタビューされた人がみな口にした、とあるが、別宮が「不確実性の時代」の誤訳を批判した際、訳者を代表して都留重人が、私信で指摘してくれればいい、と書いたのを著者は支持しているようだが、そういう学者の裏取引を是とする姿勢には不快感を覚えた。