『かまくら春秋』八月と九月は、社長にして編集長の伊藤玄二郎と、明大教授だった山口仲美の対談。山口は、ガンだったそうだが元気そうだ。先ごろ自身の闘病記を新書で出している。そこで山口は、医師や看護婦について悪く書くまいと決心して書いたというのだが、それでも苦情が来たという話になる。伊藤はそれにうなずきながら、「人気作家が、一般人が反撃できない形で書くというのは嫌いです」と言っている。どうも、話の流れから、私の『母子寮前』のことかと被害妄想を抱くのだが、私は人気作家ではないから違うだろう。だが、私はこういう言い方が嫌いであって、実に巧妙だなと思ったのは「反論」と言っていないところである。昔なら、一般人は反論できない、という言い方ができたが、今はブログがあるからいくらでも反論はできる。ただし医師は守秘義務があるから反論はできないだろう。
 だからどっちでもいいのだが、小説でも手記でも、自身や家族の闘病について書くと、必ず医療関係者がインネンをつけてくる。これは度し難いほどのものである。患者や家族にとって、医者や看護婦は、人質をとり、生殺与奪の権を握っているようなものだ。そして当然ながら、大学で文学を教える行為なんぞよりよほど責任の大なるものであって、医療関係者はじゃんじゃん批判にさらされるべきものである。したがって、私は「医者や看護婦にけしからぬ行為があったら積極的に攻撃すべし」と思っている。いかんだろうか、伊藤さん。
小谷野敦