松本清張原作でない「松本清張シリーズ」

 一九七七年十一月にNHK「土曜ドラマ」の松本清張シリーズで放送された「たずね人」が私はひときわ好きで、九二年に清張が死んでNHKで再放送した時に、ベータの一倍速で録画したものである。 
 これは、インドネシアからやってきた女性(鰐淵晴子)が、自分は戦争中に日本人男性と現地女性の間に生まれたが、父を探しに来た、というので、戦場カメラマンの林隆三がその人探しを手伝うという話である。戦後三十二年がたっていた。ところが実の父親は保守党の政治家になっており、選挙が近かったため、スキャンダルになるのを恐れて、別人を身替りに立てた。女性は、幼い頃父に、中山晋平の「砂山」を歌ってもらった思い出があると言っていた。テレビの「ご対面」番組に出た替え玉は、「砂山」を歌うのだが、「すずめ鳴け鳴け」のところを「かもめ鳴け鳴け」と歌ってしまう。
 疑念を抱いた林は、政治家の秘書のところへねじ込むのだが、最後は殺されてしまい、それこそ東京湾にぷかりと浮かんでいる。その殺しの場面がよくて、トラックのある運動場で林が待っていると、競輪選手のようなのが四人、さあっとトラックを走って来て、林がはっとして逃げようとするが、次の場面では、四人が意識不明となった林の体を抱えて走り去って行くのだ。
 私は中学三年生だったから、林隆三が、美しい妻からなじられる場面など「大人」の世界を感じさせた。その美しい女優は島村佳江だったのだが、当時は録画もできなかったから、女優名も分からずじまいだった。あるいは林が政治家秘書に詰め寄ると、「何がほしいんだ。金だろう?」と言われるところなんかも、ああそう思うんだ、と思った。
 ところがこの作品、原作が不明なのである。今回改めて調べてみて、これが「オリジナル」であると分かったのだが、早坂暁氏に手紙でお尋ねしたら電話があって、詳しく覚えておらず、松本清張にも会っていないという。「砂山」の歌は、新潟県出身のジャイアント馬場が、好きな歌としてテレビで歌ったのを聴いて、いい歌いぶりに感心して使ったという。
 さらに気づいたのは、これがその前月十月から角川映画で公開されていた、森村誠一原作の『人間の証明』への挑戦だったということだ。角川映画については、中川右介の『角川映画』(角川書店)に詳しいが、私は中川より、角川映画については否定的である。『人間の証明』にしても、原作・映画ともに、いい出来とは思えない。俗臭が強く、かつ映画では岡田茉莉子が演じた評論家が、自分の子供を殺してしまうなど、ひど過ぎて同情できないし、なんでこれが「お涙ちょうだい」の母ものになるのか、感覚がおかしい。森村原作の第二作『野性の証明』となるともはやトンデモ映画と化すが、原作には自衛隊に攻撃されるシーンはないが、おかしな小説である。

(『このミステリーがひどい!』)