面白そうな本が出てきたら図書館で借りて読みという具合で平野謙「新刊時評」上下を読んだが、下巻は1960年代から72年に大江の「みずからわが涙・・・」の「誤読書評」で書評の筆を折るまでと、75年の『中野重治批判』と共産党関係の本の書評まであった。下巻はすでに読んだ本が多かったので上巻ほど面白くなかったが、その分、平野が何を面白がっているのか不明なものもあった。たとえば丸谷才一の『たつた一人の反乱』を、ほめているようなんだがどこがポイントなのか分からず、私にはちっとも面白くなかったので、モヤモヤした。
大江作品誤読の顛末は上巻巻末に書いてあるが、ここで平野は、大江が、書評をしたのは自分だと知って「抗議」してきたことに、いささかのショックを受けて書評をやめたのだなと思った。平野は、「東京大学新聞」という目立たない場所に載った大江の「奇妙な仕事」を「毎日新聞」の文藝時評で取り上げて広く知らしめた産婆役である。72年当時、大江との間に距離ができたことを、平野は感じ取っていたのだろう。
(小谷野敦)